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「蒼穹の昴」シリーズ:「蒼穹の昴」シリーズとは?

第一部蒼穹の昴

すべてはここから始まった。
極貧の少年・春児の姿に
生き抜くことの尊さを見る傑作。
 「汝は必ずや、あまねく天下の財宝を手中に収むるであろう」―― 中国清朝末期、貧しい糞拾いの少年、李春雲(リイ チュンユン)(春児(チュンル))は、老占い師、白太太(パイタイタイ)にこう予言を受ける。飢えに苦しみながら、春児はこの予言を希望に上京を決意する。
 同じ村の地主の息子、梁文秀(リアン ウェンシウ)は科挙試験を受けるため北京へ向かう。身分は違うがおさないころから兄とも慕う文秀を頼り、春児は都へと上った。
 文秀は気の遠くなるような倍率の科挙試験に挑み、春児は自らの生きる道をさがしてある決断を下す。やがて、混迷する清王朝の中枢に、それぞれの形でかかわるようになる二人を待ち受ける宿命とは。
1887 梁文秀と李春雲
(春児)、北京へ上る
1889 春児、宦官として
入廷する
1894 日清戦争開戦
1895 日清戦争終わり、
下関条約調印される
1898 戊戌の政変
西太后暗殺未遂事件
袁世凱暗殺未遂事件

第二部珍妃の井戸

美しき妃は
なぜ殺されたのか?
義和団事件のさなか、ひっそり
命を落とした妃をめぐるミステリー。
 列強諸国に蹂躙され荒廃した清朝末期の北京。その混乱のさなか、紫禁城の奥深くでひとりの妃が無残に命を奪われた。皇帝の寵愛を一身に受けた美しい妃は、なぜ、誰に殺されたのか。事件を知った日英独露の高官は、真実を究明することが、閉ざされかけたこの国の近代国家への扉を開くことになると、犯人捜しに乗り出した。
 事件の鍵を握る人物たちに会いにゆく四人だが、全ての証言のつじつまが合わない。誰が嘘をつき、誰が本当のことを話しているのか。確かめるために四人が最後に会った人物とは。そしてあまりに切ない事件の真相とは――。
1900 義和団の乱
珍妃死去
1901 張学良生まれる
1902 珍妃殺害事件の調査
1904 日露戦争開戦
(〜1905年)

第三部中原の虹

英雄たちが、
大地を駆ける。
稀代の“成り上がり”馬賊・張作霖の台頭と
女帝・西太后の死。シリーズ随一の雄編。
 親も家もない流民の子、張作霖(チャン ヅオリン)は、あるとき老占い師に「汝、満洲の王者たれ」との予言を受ける。天命を持つ者だけが手にすることができる龍玉(ロンユイ)を、太祖ヌルハチの祖先の墓で手に入れた張作霖は、予言通り馬賊の長としてめきめきと頭角を現す。
 李春雷(リイ チュンレイ)は、その馬と拳銃の腕を買われて張作霖の麾下に入った若者。春雷は子どものころに極貧の暮らしに耐えかねて家族を捨てた過去を持つが、そのとき捨てた弟が李春雲(春児)だった。
 西太后の側近として大総管太監(ダアツォンクワンタイチェン)に出世した春児は、ひょんなことから生き別れた兄の消息を知る。兄弟は再会できるのか。滅び行く王朝と、東北に勃興する勢力の行く末は。
1908 光緒帝、
西太后死去、
宣統帝溥儀即位
1910 日韓併合
『西太后治下の中国』ロンドンで刊行される
1911 辛亥革命始まる
1912 中華民国成立
宣統帝退位、清朝滅亡
1913 宋教仁、暗殺される
袁世凱、大総統に就任
1915 袁世凱、帝政復活宣言
1916 袁世凱、帝政取消宣言
袁世凱死去

第四部マンチュリアン・リポート

爆殺──
その朝、英雄の夢が
潰えた。
天皇の密命を帯びた中尉が、
昭和史の闇に迫る超一級ミステリー。
 昭和三年六月四日未明、張作霖を乗せた列車が爆破された。「満洲某重大事件」と呼ばれたこの関東軍の暴挙に激怒した昭和天皇は、ひとりの陸軍中尉を皇居に呼び出し、真相の調査を命じる。
 密命を受けて中国に渡った志津邦陽(しづ くにあき)を待ち受けていたのは、張作霖とともに列車に乗っていて左足を失った、日本公使館付駐在武官の吉永将(よしなが まさる)という人物だった。吉永の話から、爆殺された日の張作霖の列車には、軍事顧問として幾人もの日本軍人が同乗していたことを知り憤る志津。しかし事件の闇はそれだけではなかった。
 志津が天皇に宛てて綴った、「満洲報告書」はその真実を伝えうるのか。
1929 溥儀、
天津市内で転居
1931 満洲事変
1932 溥儀、長春へ移り
満洲国執政に即位
国際連盟調査団、
満洲国へ

第五部天子蒙塵

そして紫禁城から
皇帝が消えた。
ついに紫禁城を追われた最後の皇帝。
復辟か亡命か。側妃・文繡は「自由」を選んだ。
 朝日新聞特派員の北村修治(きたむら しゅうじ)は、清朝最後の皇帝であった宣統帝溥儀と離婚した、もと皇妃の所在を偶然知った。特ダネをものにしようと、「万朝報」の北京特派員として三十年以上、北京を見続けてきた岡圭之介(おか けいのすけ)を頼る。
 岡は北村には思いも寄らないつてを使って、かつての淑妃(シユーフエイ)、いまは北京で教師をしている文繡(ウェンシウ)への取材を実現させる。
 取材に対し口を開き始めた文繡が語ったのは、三百年つづいた王朝の最後に取り残された溥儀の家族が、いかにして紫禁城、そして北京を追われたかという壮絶な物語だった。溥儀と文繡、正室の婉容(ワンロン)。時代の渦に呑み込まれた三人の「家族」の悲劇。
1933 張学良、欧州へ
日本、国際連盟脱退
1934 張学良、帰国
1935 溥儀、日本訪問
1936 西安事件
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