いわく「大義ある戦いと信じればこそ、いつでも祖国のため殉ずる覚悟ができている。しかしそれだけに、指揮系統の揺らぎを見過ごせなかった。

この部屋の7人で話し合われたことが、5200人の未来を左右する。図上演習ではない、本物の戦争だ。いまも極寒の地で彼らは戦いつづけている。断じて見捨てられない。いずれ自分がどこかの戦場で朽ち果てる、その瞬間を思い描けば、信念に疑いなど生じようはずもない」。等々。

そして、この奇跡の作戦の果てにあったものは何かといえば、人間は常に破壊と創造を繰り返して歴史を紡いできたが、今日、我々が生きているのは、その歴史の中で信念を守った一握りの人々がいるからではないか、といえはしまいか。

そして作者は、阿武隈に乗っている水兵の一人一人を、鳴神島＝キスカ島で孤立している兵士の一人一人を、まるでいつく慈しむが如くに描く。あたかも、彼らも決して欠けてはならぬ歴史のピースの1つである、といわんばかりに。

そして、日本語通訳官のロナルド・リーンは、日本人は決して玉砕しか考えない、命の尊さを知らぬ人間ではない、と説き、戦後の米軍占領政策に影響を与える。

そしてラスト、キスカ島従軍記者の菊池とリーンは、あい相まみ見えるが、勘の良い方は、この『源氏物語』に魅せられた男がかのドナルド・キーンであることは、既に御承知であろう。

（中略）

作者は、私たちの〈いま〉が喪っているものをページに刻みつけようとする。

日本は平和ではないのか？　命は保証されているのではないのか？

果たしてそうであろうか。

故城山三郎は、今度の戦争で得たものは憲法だけだといった。

然るに、某国のおご驕った総理は、さしたる根拠もなく、2020年までに憲法を改正するなどといっている。

こんなことだから、はやく憲法第九条を世界遺産に申請すればよかったのだ。

平和は、そして人の命は一度喪ったら、取り返しがつかない。

本書は、毎年、8月15日が来るたびに新しい読者によって読み継がれていってもらいたい──私はいま、心の底からそう思ってやまない。