講談社文庫 > 風野真知雄 隠密 味見方同心 特設ページ > 4
怪談そうめん
小川からつるつる流れる。
上流には不気味な柳屋敷

 中渋谷村は、江戸の外れにある。
 ほとんどは田んぼと畑になっているが、大山道の途中にある二つの坂道──宮益坂と道玄坂のあたりに小さな町ができていて、それぞれ渋谷宮益町、渋谷道玄坂町と名付けられていた。
 その宮益町の、とある長屋の子どもたちが、このところぴたりと食欲が絶えていた。
このあいだまでは、飯どきになれば、
「おっかあ、腹減った」
の声がうるさいほどだったのである。
それがなにも言わない。三杯食べていた飯を一杯しか食べない。
長屋のおかみさんの一人が怒鳴った。
「お前、どこかでなんか食っているのかい? 草の実だのには毒があったりするから、やたらと食べるんじゃないよ!」
叱られて、正直な子どもがついに白状した。
「川に流れて来る、白くて細いうどんを食っているんだよ」
「細いうどんが流れて来るだって?」
「うん。すごくうまいよ」
「毒かもしれないのに、変なものを拾い食いするんじゃない」
「わかった。もう、食べない」
 と、子どもは素直に謝った。
 だが、不思議ではないか。なぜ、川にそんなものが流れて来るのか。

(『隠密 味見方同心(四) 恐怖の流しそうめん』より)
たぬき寿司
海苔巻き、稲荷寿司に続く 生もの不使用の寿司

「へえ、これか」
 一目見て、魚之進は感心した。
 いかにもたぬき寿司なのである。
 酢飯がおにぎりより真ん丸く握られている。それにかつおぶしをいっぱいくっつけているのだが、正面だけは白い酢飯が見えるようにしてある。そのかたちがまさにたぬきの腹に見えるのである。
 しかも、真ん中に細かく切った紅い梅干しのひとかけらが載っている。これはへそに見立ててあるのだ。
「見えるな」
 と、魚之進は言った。
「ええ、たぬきに見えます」

(『隠密 味見方同心(三) 幸せの小福餅』より)
ちくび飴
可愛い三人娘が 売り歩いて大評判

「飴に名前なんかあったんですか?」
「ああ。ちくび飴はまずいよな」
「ちくび飴……ちくびって?」
「女のここについてるやつだよ」
 と、赤塚は自分の胸を指差した。
「…………」
「お前、なに、顔を赤くさせてるんだ?」
「いや、べつに」
 そういうものとはまったく気づかなかった。
「風紀を紊乱させているよな」
「そ、それは……」
「お前、舐めたのか」
「舐めたといっても、そういう厭らしい気持ちで舐めたわけではありませんよ」
「別に厭らしい気持ちで舐めたっていいんだぞ」
「…………」
「娘が三人いただろう?」
「ええ」
「それぞれの乳首と同じ色かたちをしているらしいんだ」
 赤塚は嬉しそうな顔で言った。

(『隠密 味見方同心(四) 恐怖の流しそうめん』より)
つるもどき
庶民は知らない 鶴の味を模した究極珍料理

「そういや、つるもどきをつくった坊主がいるらしぜ」
「つるもどき?」
「ああ、がんもどきじゃねえ。つるもどき」
「だが、鶴は禁漁だぞ。食ったら駄目だろう」
 将軍の好物らしい鶴を、民は獲って食ったりしてはいけないのだ。
「だから、もどきにしたんだろうが」
「うまいのかね」
「恐ろしくうまいらしいぜ」
 この言葉に魚之進と麻次は顔を見合わせた。
 恐ろしくうまいもの。
 禁漁の鶴に似た味。
 しかも、仏の道に通じる精進料理。

(『隠密 味見方同心(四) 恐怖の流しそうめん』より)
シリーズ書籍情報
[書影]講談社文庫
『隠密 味見方同心(四)恐怖の流しそうめん』
9月15日刊行!
定価 : 本体610円(税別)
>>講談社BOOK倶楽部
死んだ兄の食べた、この世のものとは思えないほどうまい食べ物とはなにか?それが犯人を捜す唯一のてがかり。美味しそうな江戸中の食べ物を食べ尽くせ!
[書影]講談社文庫
『隠密 味見方同心(一)
鯨の姿焼き騒動』

定価 : 本体610円(税別)

>>講談社BOOK倶楽部
[書影]講談社文庫
『隠密 味見方同心(二)
干し卵不思議味』

定価 : 本体610円(税別)

>>講談社BOOK倶楽部
[書影]講談社文庫
『隠密 味見方同心(三)
幸せの小福餅』

定価 : 本体610円(税別)

>>講談社BOOK倶楽部

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