魚河岸の近くに、食いものの番付をつくる男がいる。もともと瓦版屋だったが、食い道楽が高じて番付をつくるようになった。
近ごろは権威もついて、これで上位に入ると、店も大繁盛するようになるらしい。
この最新の番付に載っていたのである。
発行元は番付にも書いてあったのですぐにわかった。麻次といっしょにそこを訪ねてみた。
「この番付をつくったのは?」
十手を見せて、波之進が訊いた。
「あっしです。味見師の文吉といいます」
名乗ったのは五十前後、いかにも大食漢というだるまさんみたいな男である。
「味見師?」
味見方は奉行所にあるが、巷に味見師がいるとは知らなかった。
「なあに、自称ですがね」
「番付のことで訊きたいんだがな」
「なんでしょう?」
「最新号に、鍋焼き寿司を載せていたな?」
「ええ、西の小結に抜擢です」
「ほんとに食ったのかい?」
「食いましたよ。あっしも噂を聞いたときは、そんな馬鹿なと思いました。それで出るという人形町界隈に張り込んで、来たところを捕まえたのです」(中略)
「どうだった、味は?」
奇妙に大きい豆腐が凶器?
「ここの殺しについて好きに調べていいと言われましてね、ちっと豆腐のことを調べたいんです」
「ああ、頭のわきにありましたね。本当にあれで殴ったのですかね」
「うん、そうみたいです」
と、魚之進は経木を開いてみせ、
「これ、変わった豆腐でしょう」
「そうですか?」
「こんな豆腐、見たことありませんよ。これでも半分にしたのですが、ふつうの高野豆腐の三倍くらい長いでしょう」
「たしかに」
竹蔵の店は、鉄砲洲河岸を一本入った、湊稲荷がある通り沿いにあった。間口は二間ほどだが、奥のほうでつくるちくわ、蒲鉾、はんぺんを売っていて、夕方などは客が並ぶくらい人気があった。
もともとここのちくわはうまいと評判だったが、一年前から売り出した商品が、凄い大流行になった。
それが、〈天狗ちくわ〉である。
ふつう、ちくわの穴は一つだが、これは穴が二つ開いている。大きさといい、かたちといい、鼻の穴のようで、長い天狗の鼻をかたどったというので、この名にしたらしい。
かたちの珍しさに、
「これを食えば力がわき、天狗並の力が出る」
という謳い文句は、少々ニンニクの風味があるため信憑性を増した。
「あいつの家は浅草寺のすぐ近くで、そこをわしらが連日連夜ぴたりと張っているのだが、昨日、妙なものがあるのに気づいた」
「妙なものって?」
「あいつの二階の窓のところに、ちょうど干し柿みたいに卵がずらっと吊してあるんだ」
「卵が干してあるですって?」
「そう。一つずつ縄で丁寧に縛り、二個一束にして、軒下に干している。それが百本ほどあるかな」
それだと卵が二百個ということで、かなりの量である。
「殻付きですか? 茹でたものをですか?」
「さあ。遠目にはそこまで判断できぬ」
魚之進はすこし考えて、
「卵の殻になにか詰めてあるということは? 火薬とか詰めてあって、敵が来たら火をつけてぶつけるとか」