池井戸潤★60分特別インタビュー 03

作家紹介 60分特別インタビュー

登場人物に血が通うように。リアルな人間を描くために、やっていたこと

──読みながら、窮地に立たされる運送会社社長、赤松徳郎にどっぷり感情移入してしまいました。そして敵はどこまでも、憎らしい奴です。

『空飛ぶタイヤ』は、人間を描くんだ、と自分に言い聞かせながら書きました。赤松はどういう男なのか、その設定を決めたら、最初から最後まで、キャラクターを変えない。プロットの都合で登場人物を動かすのが間違っているのなら、登場人物がストーリーを引っ張るしかない。 『空飛ぶタイヤ』は非常にたくさんの人物が登場しますが、それを描き分けるために、ある工夫をしました。ビジネス誌をめくって、自分が思い描いたキャラクターに合う顔写真を見つけては、切り抜いて台紙に貼っていったんですよ。それを見ながら執筆を続けました。写真には実際の名前や肩書きは付けず、誰だか分からない状態で貼りつけたんですが、後日、ある雑誌を読んでいて、「あ、これ悪役の顔だ!」という人を見つけた。改めて肩書きを確かめると、某大企業の社長さんでした(笑)。

──その後、建設業界に目を向け、談合の謎をエンタメにした『鉄の骨』でふたたび直木賞候補になり、それから『下町ロケット』で見事直木賞を受賞されました。池井戸さんの小説には、土木工法やロケットのエンジンなど、専門的な技術の話が多く出てきますが、取材はどのぐらいするのですか。

 簡単にできる取材ならしますが、ロケットのバルブが見たいといっても、なかなか難しい。ただ、実際に存在している物なので、勝手なことを書くわけにもいきません。困ったあげく、結局深く描写するのを避けました。その後、『下町ロケット』がWOWOWのテレビドラマになり、その撮影現場を訪れると、ペットボトルのような銀色の物体があった。「何これ」って聞いたら、「本当に知らないで書かれたんですね」って(笑)。調べられることは、調べて書きます。ただ、そもそも作家は調べたものをそのまま書くわけではない。取材のすべてを作品に反映させるかといえば違います。企業の内幕が知りたいというニーズに答えるための本は別にあるし、「実際はこうだ」という話を延々と書いても面白くありませんから。だから、創作するんです。

書きながら考える。ドラマを進めるのは、登場人物たち

──最後に『ルーズヴェルト・ゲーム』のお話を伺います。社会人野球を題材に使おうと思ったのはどんな理由ですか。

『ルーズヴェルト・ゲーム』を書いていたのは随分前で、リーマンショックの前後でした。業績悪化で景気が悪く、世の中が暗かった頃だったので、読んで元気になってもらう小説を書こうと考えました。そこで、わかりやすくいうと、映画「メジャーリーグ」の企業版のような小説を書いてみたらどうかと。企業スポーツは衰退気味だけれど、その中で社会人野球にスポットを当ててみたんです。

 野球を扱った名作ドラマはたくさんあります。「フィールド・オブ・ドリームス」という映画の原作『シューレス・ジョー』を書いたのは、W・P・キンセラという作家ですが、彼のスローで雰囲気のいい野球小説なんかを読むと、僕もああいうものを書いてみたいなと思いましたね。ですが、一方で今の日本でそういう小説がどれだけ受け入れてもらえるでしょう。いまの読者は、小説そのものの愉しみに、時代性や、なんらかの問題意識、自分の生活へのフィードバックを求めていると思います。

 野球小説でも、企業の野球部が舞台であれば、時代性を織り込んで、読者にもとっつきやすい物語になるのではないか、という期待もありました。

 野球に入り込めない女性読者のことも考えましたが、野球の具体的なシーンは少ないし、深い野球の知識も要らない。ただ、女性が好きそうな恋愛パートは残念ながら、ない(笑)。男どうしの真剣勝負の物語ですが、それで許してもらえないだろうか、と。

──『ルーズヴェルト・ゲーム』は野球部のマネージャー、ピッチャー、製造ラインの責任者など、読者がパートによってさまざまな人物の内面に入り込めるように書かれています。だれがこの物語の主人公かは、読者が自分を仮託した人物によって決まるような気もします。

 主人公らしい主人公がいない作品です。これは実は意図してやったことではなく、そうなってしまった(笑)。ただ、複数視点で中心となる問題を多方向から描くと、解決すべき問題の難しさとか、それぞれの立場ごとの言い分や譲れないものが見えてくると思います。

──こちらもドラマになりますね。TBS系日曜劇場「ルーズヴェルト・ゲーム」は4月スタートです。ドラマの主人公は、唐沢寿明さん演じる細川社長だとか。

 テレビでは主人公がいないというわけにはいかないでしょうから、制作チームが、どうこの小説を解釈し、再構築してくれるかに興味があります。ストーリーの細かいことはどうでもいいので、圧倒的な熱量を注いで、好きなように作って欲しい。そうすれば、きっと面白いものになると思う。

──これからの作品では、どんな人物を主人公に選ばれますか。『鉄の骨』で吉川英治文学新人賞を受賞されたとき、「一般の人に光をあてたものを書いていきたい」とお話しされていましたが。

 その言葉を受ければ、これまでも、これからも一般の人に光をあてたものを書いていくでしょうね。どんな人でも、物語の主人公たり得る。誰だって、生きている人はみな、ドラマの中にあると思う。相手をリスペクトしてその人生を見据えれば、必ず書くべき何かがあることに気づくでしょう。僕はただ、無心にそれを書けばいいだけです。

空飛ぶタイヤ(上)
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鉄の骨
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ルーズヴェルトゲーム
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