池井戸潤★60分特別インタビュー 01

作家紹介 60分特別インタビュー

ミステリを読みふけっていたら、あることに気が付いた

──池井戸さんは、十代のころから作家になる夢をもっていたのですか。

 子供のころ、図書館にある国内外のミステリ小説を読みあさっているうちに、いつか自分で書いてみたいと思うようになりました。当時は塾にも行かず、勉強もそこそこに、ひたすら好きな本を読んで過ごしていましたね。中でもお気に入りだったのが、江戸川乱歩賞の受賞作。毎年、必ず受賞作を買っていましたよ。それらの読書体験は、偏差値のアップには寄与しなかったけれども(笑)、今の仕事においては非常に役立っています。

──たくさんのミステリ作品に親しんだことで、小説を書く上での基礎力がついたということでしょうか。

 ミステリはエンターテインメント小説のひとつのジャンルですが、エンタメ作品には、だいたい「型」があります。たくさんの本や映画を楽しんでいると、いくつかのパターンが見えてきます。たとえばアメリカの青春映画だと、まず、少年少女が避暑地で出逢う。夏が終わり、主人公が新学期の学校に行くと、いきなりあの時の少女が転校してくる──(笑)。

──そこで、ひとつ事件が起きる……!

 少年には、避暑地で見せたのとは別の顔があるんですね。二人の関係はぎくしゃくし、さらにより大きな事件が起きて、いったん決裂。しかし、最後に問題が解決して、結ばれる……。ジャンルは違うけど、『水戸黄門』や『刑事コロンボ』を思い浮かべるとわかりやすいでしょう。エンターテインメント作品の多くは、物語の原型のようなものをもっているんです。

──多くの人が親しみをもつ作品には、共通する物語のパターンがあるということでしょうか。

 はい。一方で、新パターンを作ろうという試みも間違っているとは思わないけれど、それほど必要がないような気もしますね。それよりも、パターンの応用でいい。定型を頭に入れた上で、この物語なら、こうアレンジした方が面白いよねっていう。

 作家になる前の読書体験をあえて職業的に総括すると、物語のデータベース作りです。デビュー後も書き続けられたのは、それをもっていたから。これがないと作家として書き続けていくのはつらかったと思います。データベースは、本を読んだり映画を観たりすることでしか補強されないし、また作家になってから勉強しようと思っても、ちょっと間に合わない。

作家デビュー前夜。僕はこんなことを考えながら、乱歩賞に応募した

──大学卒業後、勤めていた銀行を辞め、独立してから三十五歳で作家デビューされました。三十代前半に、大きな人生の決断をされたのですね。

 三十二歳のとき、新たにやってみたいと考えていたビジネスを始めるため、七年間勤めた銀行を辞めました。独立してからの仕事は、ビジネス書の執筆や、税理士・会計士向けソフトの監修などで、それはそれで面白いものだったと思います。銀行の融資の仕組みなどについて、持っている知識をかみ砕いて書くだけで喜んでもらえた。二年間で十冊ぐらいのビジネス書を出しました。やはり、書くことは性に合っていたんでしょう。

──ビジネス書の執筆を通して、もともとあった小説家への夢がふたたび膨らんだのでしょうか。

 ひとりの人が書くビジネス書のネタは、無尽蔵には転がっていません。そこそこ順調でしたが、これから先、ずっと続けていけるか不安になった。そう思ったときに、もう一度気持ちが小説に向かいました。そして、夢だった江戸川乱歩賞を目指した。そうして書き上げた作品は最終選考で落選したけれど、翌年も挑戦して、今度は受賞することができた。だけど、普段の仕事も忙しかったので、受賞作の『果つる底なき』は、締切直前の三ヵ月で一気に書いて、応募締切当日まで、原稿を印刷していたぐらいギリギリでした。

 昔の家庭用インクジェットプリンターは、原稿一冊分を印刷するのに五時間ぐらいかかった。応募締切の二週間ほど前から推敲作業に入りましたが、締切当日になってもまだ終わらなかった。印刷時間を考えると、締切までに間に合わない。だけど、納得したものを出したかったから、印刷時間を短縮するしかないと思って、急遽、高速のレーザープリンターを買いに行った。それで、なんとかセーフ(笑)。

──デビュー作『果つる底なき』は奇妙な言葉を残して死んだ銀行員の、死の謎をめぐるミステリ作品です。その後、発表されたのは『銀行狐』や『仇敵』など、銀行内で起きる不思議な事件を解明する、いわゆる「銀行ミステリ」でした。どれも意外な仕掛けに満ちた作品で、読者は主人公とともに、犯人や真相を推理する楽しさを味わえます。

 乱歩賞の寸評で、「銀行ミステリの誕生」と評されてから、僕の作品には「銀行ミステリ」というレッテルが貼られるようになりました。どこか引っ掛かりを覚えつつも、一方で、ひとつのミステリのジャンルとしてありかな、という気持ちもあったんですね。このジャンルは僕がまとめて書いてしまおうと。

 ところが、謎の解明の仕方を工夫し、ラストの意外性を重視したミステリ作品をつくっても、「銀行」が舞台ということで、「企業小説」と言われてしまう。「元銀行マンが明かす銀行の内幕」という読まれ方をされることが多かったですね。

──その頃の池井戸さんの作品は、ミステリ・ファンの手には必ずしも届いていなかった、ということでしょうか。

 書店で、僕の本は「企業小説」の棚に入っていました。そこから脱出しなければならない。情報小説を求めるビジネスマンではなく、あくまでエンターテインメント好きなミステリ読者に読んでもらいたかった。そんなわけで、デビューから四、五年は試行錯誤の日々でした。「銀行ミステリ」とは趣向の異なる作品を書いたこともありますが、やはり得意なビジネスの舞台を描きながら、エンタメ作品として受け入れられるにはどうしたらいいのか、という課題に向き合うことになったんです。

1963年、岐阜県生まれ。慶應義塾大学卒。'98年『果つる底なき』(講談社文庫)で第44回江戸川乱歩賞、2010年『鉄の骨』(講談社文庫)で第31回吉川英治文学新人賞、'11年『下町ロケット』(小学館文庫)で第145回直木賞を受賞。主な作品に、半沢直樹シリーズ『オレたちバブル入行組』『オレたち花のバブル組』 (ともに文春文庫)『ロスジェネの逆襲』(ダイヤモンド社)、『空飛ぶタイヤ』、『ルーズヴェルト・ゲーム』(ともに講談社文庫)、『七つの会議』(日本経済新聞出版社)、『ようこそ、わが家へ』(小学館文庫)などがある。

果つる底なき
本の内容紹介
仇敵
本の内容紹介
銀行狐
本の内容紹介
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