講談社文庫

『埋れた牙』堂場瞬一

警察小説の名手が描く「狂気との闘い」

女子大生の失踪、十年ごとに起きる類似の事件──。この街(吉祥寺)に巣くう〈牙〉の正体とは?

『埋もれた牙』刊行記念 堂場瞬一インタビュー「街がつくる物語」聞き手/香山二三郎 撮影/本社写真部 警察小説の名手・堂場瞬一の最新文庫作品は、吉祥寺を舞台としたミステリー。地元の武蔵野中央署に転出した刑事・瀧靖春は、旧友から姪が行方不明となっていると相談される。今月刊行された『埋もれた牙』をとおし、街がつくる小説の魅力を語り尽くす。

境界線の上の街に
──
『埋れた牙』の話に移りたいと思います。読者の皆さんがまず思われるのは、何故吉祥寺を舞台にされたのかということだと思います。きっかけは。
堂場
吉祥寺というか、隣りの三鷹でちょっと仕事をしたことがあったんです。吉祥寺は毎年住みたい街でナンバーワンになって、お洒落な街と言われていますが、大まかな区分的には多摩地域です。生活圏とか文化圏の区分だ と、武蔵野ですね。でも二三区の特徴もあり、多摩地域の特徴もあり、両方入り混じった汽水域のようなところなんですよ。ずっと前から、ここを舞台に地域密着型で何か書けるなって考えていました。ただ、こういう形になるとは思いませんでしたけど。もしかしたらぼくは「境界線上」という土地が好きなのかもしれない。
──
なるほど。
堂場
気になる街って必ずあるんですよ。今回は吉祥寺を出したけど、それは東の方にもありますし、西の方にもあるので、いずれまた出せるんじゃないですか。
──
吉祥寺を舞台にした作品を書き続けるのではなくて、いろいろな街を書いていくという。「街」シリーズみたいな感じですか。
堂場
そうですね。ただ、警察小説を書いていると、自然に「街小説」になっているとも思いますね。人を書くのは小説では当たり前の話ですが、その人たちが暮らす街のことも、ちゃんと書いておきたいという気持ちが強くあります。
──
堂場さんは「汐灘サーガ」のような架空の街の話も書かれていますよね。
堂場
あの小説は、設定がほぼ実在の街なので、読んでいるとわかってしまうんですが、基本はやはりリアルな街でやりたいと思っています。

堂場瞬一

街から立ち上る細部
──
『埋れた牙』では、市議会の話とか、さらにリアルな要素も取り入れています。
堂場
相当デフォルメしていますけどね。武蔵野市って凄く不思議なところなんですよ、自治体として。昔から住んでいる方がいっぱいいますし、そういう人と後から入ってきた人とが、河口のように入り混じっている独特の空気があります。多摩と二三区の境目というか両方の要素があるとぼくはずっと感じていて、そんなところが万人に無理なく入り込める色合いを作り出している理由ではないでしょうか。
──
書くにあたって街を歩かれましたか。
堂場
あらためて行ってきました。昔はハモニカ横丁ってあまり宣伝していなかったよななんて思ったりして。今は看板もかかっていて、いろいろなものが観光資源になるんだなと、少し不思議な印象も受けましたね。
──
街のレイアウト自体はそんなに変わっているわけじゃないですよね。
堂場
そうですね。ただ百貨店はなくなってしまいましたね。昔の吉祥寺は商業都市のお手本のように言われていたんですよ。駅ビルはあえて小さめにしてて、少し離れたところにデパートが三つあって、そこをぐるっと回っていくことで、駅とデパートの間の商店街にも人が通るから、街全体が活性化される。回遊効果と言ってましたが、その見本の街だと言われていたんです。しかし、百貨店の集客力が落ちてしまった。さらに、百貨店自体も減ってしまったから、またちょっと変わっていると思いますよ。

堂場瞬一

人物、街を生きる人とは
──
主人公の瀧靖春は50歳の武蔵野中央署刑事課の警部補ですが、読みながら、もしかして堂場さんが、主人公に自己投影されているのかなと思いました。
堂場
いや、していないですよ。近いのは年齢ぐらいで(笑)。
──
この作品は、家族小説的な色合いも強いです。
堂場
いままであまりない設定ですよね。父親の介護が必要だから転勤しているわけですが、これは逆に言うと、お父さんは完全な地元っ子なわけです。それが土着の象徴になっているんですね。主人公の瀧さんは、街を出て戻ってきたハーフ・エトランジェみたいな感じになっているわけです。地元の人とは完全に言い切れないところがある。地元と外から入ってきた人との境界線上の存在でもあるんですね。
──
瀧さん夫婦は子供はいるけど、子供は出てこない。
堂場
もう独立ですよ。50代くらいの年齢になってくると、子供のことより親の病気などの問題が生じるほうが一般的にも多いですよね。わたしもまさか介護問題を書くようになるとは思いませんでしたけどね。ただ、瀧さんのお父さんは、元気な爺さんでよろしいかなと。
──
瀧さんのお父さんとかそのライバルの勝村議員のキャラも濃いですね。
堂場
最近の爺さんは元気なんでね(笑)。70を超えていても、ぜんぜん元気だから。
──
この主人公には街の保安官的なところもあります。作中で「俺の街だ」と主張する。
堂場
この主人公には街の保安官的なところもあります。作中で「俺の街だ」と主張する。
──
都会の話なんだけど、地方の街のような一面もあります。
堂場
そうなんです。どこを舞台に書いても、少し田舎のニュアンスが出てくるのかもしれませんね、仮にそれが港区であっても。それは、今回書きながらちょっと新しい発見でした。
──
吉祥寺の次はどこか、決まっている街はありますか。
堂場
あえて都内で言えば、次は蒲田ですね。
──
蒲田といえば、温泉もあるし、町工場もある。
堂場
たしかにいろいろありますよね。ただ、それが全部昭和っぽいんですよ。平成という時代の中でそれをどう料理していくか、これからチャレンジして行こうと思っています。これは来年、雑誌に連載する予定です。
「IN★POCKET」2016年12月号より一部抜粋 >「IN★POCKET」2016年12月号の詳細はこちら
堂場瞬一 堂場瞬一(どうば・しゅんいち)

1963年茨城県生まれ。2000年『8年』で第13回小説すばる新人賞受賞。警察小説、スポーツ小説などさまざまな題材の小説を発表している。著書に「刑事・鳴沢了」「警視庁失踪課・高城賢吾」「警視庁追跡捜査係」「アナザーフェイス」「刑事の挑戦・一之瀬拓真」などのシリーズのほか、『八月からの手紙』『Killers』『虹のふもと』など多数ある。
2014年8月には『壊れる心 警視庁犯罪被害者支援課』が刊行され、『邪心』『二度泣いた少女』と続編を発表し、支援課シリーズとして人気文庫書き下ろしシリーズとなっている。近著に『黒い紙』『メビウス1974』『ノスタルジー1972』(アンソロジー、共著)『under the bridge』『社長室の冬』などがある。