講談社文庫

□2016年09月号目次

東野圭吾による現状打破(ブレイクスルー)・日本ミステリー英訳出版の現在

松川良宏

 あなたが知っている、日本のミステリー作家が生んだ名探偵といえば? 今、アメリカやイギリスのミステリーファンにこの質問をしたら、返ってくるのは「ガリレオ(湯川学)」あるいは「加賀恭一郎」という答えがほとんどになるだろう。東野圭吾が生んだこの二人の探偵役は、日本語という言葉の壁を越えていまや世界的なキャラクターとなっている。

 二十一世紀初頭から、東野圭吾の作品はまず台湾や中国、韓国、タイなどアジア地域で人気を博し始めた。翻訳が一挙に進み、それぞれの国で独自の映像化が実現したり、あるいは企画されたりすることも増え、東野圭吾はまさにアジアを代表する人気作家になっているといっていいだろう。

 一方、欧米での東野作品の受容には、2011年に大きな転機が訪れる。ガリレオシリーズ長編第一作『容疑者χの献身』の英訳版『The Devotion of Suspect X』(アレクサンダー・O・スミス訳)の刊行である。それ以前にも東野作品の英訳としては『秘密』があり、また欧州大陸でもいくつかの作品が翻訳出版されていた。しかしこの『容疑者χの献身』は「英米の大手出版社からの刊行」であったこと、そして何より刊行翌年の2012年にアメリカで最も権威のあるミステリー賞「エドガー賞」にノミネートされたことにより、既刊の翻訳作品とは異なる形で「東野圭吾」という名前を世界に広めるきっかけとなった。

 その後もガリレオシリーズは『容疑者χの献身』に続いて『聖女の救済』、『真夏の方程式』が英訳され、加賀恭一郎シリーズは現在のところ英訳されているのは『悪意』だけだが、二〇一七年には『新参者』の英訳出版が予定されている。ノンシリーズ作品では『秘密』のほかに『白夜行』が英訳されており、『ゲームの名は誘拐』の英訳版も近刊予定である。また本年のヨーロッパでの翻訳状況を見ると、四月にドイツ語版『私が彼を殺した』とイタリア語版『手紙』が出ており、十月にはフランス語版『夢幻花』が出る予定である(三冊とも英訳はまだない)。エドガー賞へのノミネートが、欧米における東野作品の翻訳機会を広げたことは間違いないといえよう。欧州主要国での東野作品の翻訳状況は後ほど改めて紹介するが、日本のミステリー作家で世界的にここまで成功した作家はかつていなかった。本稿では東野圭吾を中心に、また英訳を中心に、日本のミステリー小説の海外での翻訳状況を紹介する。

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