講談社文庫

□2015年10月号目次

有川浩

『だれもが知ってる小さな国』発売前インタビュー

 いよいよ、とうとう、ようやく、待ちに待った有川浩版のコロボックル物語がお目見えする。発売は10月28日。始まりは、2011年の夏。復刊された『豆つぶほどの小さないぬ』の解説を書いた有川浩さんが、佐藤さとるさんのご自宅を訪れて行われた対談企画でのことだった。

有川 もともと私自身がコロボックル物語を書くなんて大それたことはまったく考えてなかったんです。ただ、コロボックルが次世代に受け継がれてほしいと思っていただけで……。佐藤さとるさんの書かれたコロボックルというのは、佐藤さんがしっかり書くまでアイヌのいち伝承のようなものでしたよね。そういう概念を発掘してこの世の中に送り出された。妖怪が、水木しげるさんが描いた世界によって現代に息を吹き返したように、小説という枠組みだけではなく、文化人類学や民俗学にも片足をつっこんでいるような偉業を成し遂げていると思うんです。学問としては私は詳しくないのですけれど。

 ただ、その、佐藤さんが発掘したコロボックルという「概念」は、もともと戦争の時代の話から始まるので、次第に現代からは遠いものになってしまいます。それを時間の流れのまま古いものにしてはいけないんじゃないかとは思っていました。だって、ひとつの文化を生み出したわけですから。昭和の時代には昭和のコロボックル、平成の時代には平成のコロボックルが常に寄り添っててほしいなと思っていて、それを誰かがやってくれたらいいのに、と思っていたんです。対談でそれを申し上げたら「有川さんが書けばいいじゃない」っておっしゃったので、いまこういう状況に(笑)。

―佐藤さん、「有川さんなら書けると思ったんだけどさ、あの人はすごい馬力があるから。ただ、そう言ったら『はい』って言うんだから、度胸もすごいよね」とおっしゃっていたとか。

有川 度胸というか、ある世界を出すだけなので……物語を書くことにはプレッシャーはありませんでした。あれだけしっかりと作られた世界だから、迷うことは何もなかったんです。コロボックル物語は私たちにとって身近な里山のような世界として既に確立しているので、その里山で田畑を耕したり、遊んだりする感覚ですね。

 そのうえで、コロボックルの二次創作にしてはいけないとは思っていました。私には私の武器があるので、まっすぐ勝負していけばちゃんとこう―先達に顔向けできるものが書けるのではないかと考えました。

―書きあがった原稿を、佐藤さんと村上勉さんに真っ先にお送りになったんですよね。

有川 この話は佐藤さんと村上さんに喜んでもらえたら合格、そこしか見ない、と決めていました。ファンの方が多い作品なのでいろんな思いを寄せる人がいると思うんですが、引き受けたときに、とにかく産みの親だけを見ようと。

―産みの親のおふたりはとても喜んでいらっしゃいました。キャラクターの生き方も素晴らしいです。作品づくりにあたり決めていたことはあるんですか?

有川 男の子と女の子は出そうと思いました。あとは彼らを巡る人々。その先は頭で考えるとろくなことにならないので、物語にまかせました。

 でも今まで書いたものとちがうという感覚はありませんね。コロボックルを書くときに筆を変えていたら続かない、自分の道具で書かないと。生きてきた上で得た知識もそうだし、書いてきた過程で知ったこともそうだし。たとえば『旅猫リポート』(以下『旅猫』)を書かなかったらコロボックルは書けなかった。『旅猫』はその前の作品がなければ書けなかった―コロボックルは流れの延長にあります。ただ、コロボックルを書くときまでに筆を鍛えられていてよかったなとは思います。

 タイトルの『だれもが知ってる小さな国』というのははじめから決めていました。私が今回書いた理由は、佐藤版のコロボックルが基礎教養として残ってほしい、そして私が死んだ後も続いてほしいと思ったからです。私のあとにも書き継ぐ人が出てきてほしいと思っています。

―最後のページにもつながりますね。

有川 最後の3行は、自然にここにおちてきました。私たちにコロボックルを伝えてくれた佐藤さとるさんへって。この作品は、一冊まるごと使った感謝状かもしれません。

 コロボックル物語って何回も読み直したくなるじゃないですか。それに匹敵するものを私は書かないといけないなって、それだけの強度のあるものを書かないといけないなって思ってました。もちろんそれはいつもどの作品でも思うことなんだけれど。

―みなさん、自分の小さなころに重ねて読むでしょうね。有川さんは、ご自分の小学3年生のときの感情を思い出しながら書かれましたか。

有川 コロボックルが本当にいるんじゃないかってドキドキしているところはそのままですね。ヒコが佐藤さんのコロボックル物語を読んでいるところなんてまさに私です。小山がうちの近所にないだけで、どっかに(国が)あるって思っていましたから。

―世の中には様々なファンタジーがありますけれど、コロボックルはどういうものでしょう。

有川 ナルニア国など、歴史に残る世界的なシリーズに匹敵するものだと思います。彼らの存在があまりに自然すぎてファンタジーであることも忘れてしまうんですが。エブリデイ・マジックとしては世界でも有数の強度を誇る物語だと思います。私は日常の中に不思議なことがなんとなく紛れてるのが好きなんです。

―村上さんの絵についてはいかがでしょう。

有川 コロボックルのサイズが私の中に入っているのは絵の力によるものです。コロボックルのサイズ感は村上さんの絵で知りました。この方の絵は私にとって、コロボックルの物差しです。

―村上さんは木彫りのコロボックル人形を作って、サイズに徹底的にこだわったそうです。村上さんとのコンビは『旅猫リポート』からですね。

有川 『旅猫』はコロボックルを書き継ぐということが決まってからでしたから、そのことは考えましたね。必ずコロボックルを描いてもらおう、と……。そして、ようやくコロボックル物語本編でコロボックルを描いていただけました。最後のシーンを含め、すごく楽しみでした。ハリーのイメージは、村上さんが待ちきれずに描いてきたラフで決まりました。髪とかくるんと巻いてて、少年漫画の主人公のようなルックスだったんです。おかげでハリーが「少年ジャンプ」の主人公のようになった(笑)。村上さんとは「イマドキの子供たち、イマドキのコロボックルを書(描)こう」ということをお互いに言っていて。現代の子供たちは、当たり前のようにコロボックル物語を読むことができます。その世代でないとできないことをちゃんとやろうって思ったんです。佐藤さんのコロボックルで、初めて人間の子供とコロボックルが出会ったんですよね。でも私たちはすでにコロボックルを知っている。その世代だからできることがあると思うんです。

―名残惜しいけれど物語がもう終わっちゃう、と思ったとおっしゃっていましたね。ヒコが生まれたのはいつごろだったんでしょう?

有川 蜂屋の子供にしようと思ったのはテレビのドキュメンタリーで移動養蜂家をみかけたことがあったからです。当時はコロボックルを引き継ぐ話は全く浮上してなかったので、物語の題材として面白いなと思っていたんですが、いざ引き継ぐとなって「これだ!」と。コロボックルは自然がたくさんあるところにいるだろうから、自然のあるところばかりをわたっていく移動養蜂家っていうのはぴったりはまるんじゃないかなって。でもどんな子かっていうのは書き始めてみないとわかりませんでした。ただ、小学校3年生ってのは譲れない、それはせいたかさんと一緒で。

―養蜂家の取材をされたのですよね。刺激を受けたのはどういうところでしょう。

有川 それは全部ですね。生き方とか、仕事に対する姿勢とか、みつばちに対する思いとか……。どんな職業を書くときも一緒なんですが、取材した方がこの人に書いてもらってよかったと思えるように書こうと思いました。

―『植物図鑑』の解説で池上冬樹さんが、有川さんには人と植物を書いていってほしいとおっしゃっていました。

有川 私たちの人生に事件って頻繁に起きるわけじゃないじゃないですか。事件は起こらなくても物語は転がっていく。事件が起きなかったら前に進めないのであれば、私たちの人生には常に事件が起きていなければならない。でも、派手な事件が起こらなくても、人生はドラマチックですよね。

―今回、コロボックルを引き継ぐ上で意識したことは?

有川 いつもと違ってちょっと意識したのは、小学校3年生のお子さんがページをめくったときに、「これくらいなら頑張って読めるかも」と思ってもらえるくらいの漢字の密度を意識しました。私は漢字の文化が好きなんですけど、あえて「みつばち」はひらがなにしたり。「みる」「きく」など、同音異義語がたくさんある漢字は、ひらいてみたり初出にふりがなをつけたり……。お子さんを振り落とさず、大人も読みやすく、そこの案配を大事にしました。

―舞台となる山の自然の描写も素晴らしいです。

有川 私はいなかの子で、自然に囲まれて暮らしてきましたから。そういう意味ではコロボックルを書くには生まれつきアドバンテージがあったんですよね。

―佐藤さんの緻密さにもつながっていて、DNAが入っているようにも感じてしまいます。

有川 やはり佐藤さんに育てられたっていう思いがあります。初めて『だれも知らない小さな国』を読んだときは、どこか知らないところに連れて行かれる、知らないけれど知っている場所に連れて行かれる感じでしたね。ヒコが小説の中でコロボックル物語を読みますけれど、それは自分のことを思い出しながら書きました。

―気の早い話ですが、本作を読み終わると、また新たな物語を読みたいと思ってしまいます。

有川 素直にヒコとヒメの続きの物語になるかはわかりません。でも、ヒメを主人公にして書くのはいいかもしれない。ヒメのほうはどうだったか、という話で、タイトルは『小さな国の女の子』とか―あるいは『私の知ってる小さな国』。

―それですね! すごくいいタイトルです!

有川 読みたいと言ってくださる方がいたら、それもいってみたいですね。

―なんと素敵な! 読者の方のご意見、どしどしお待ちしています。

有川 まずは『だれもが知ってる小さな国』の発売をお楽しみに!

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