講談社文庫

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『ルパンの娘』

『Ank: a mirroring ape』

2026年、京都で大暴動が起きる。京都暴動(キョート・ライオット)──人種国籍を超えて目の前の他人を襲う悪夢。原因はウイルス、化学物質、テロでもなく、一頭のチンパンジーだった。未知の災厄に立ち向かう霊長類研究者・鈴木望が見た真実とは……。吉川英治文学新人賞・大藪春彦賞、ダブル受賞の超弩級エンタメ小説!

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ライバルはハリウッドじゃない、ピラミッドだ

『QJKJQ』で第62回(2016年度)江戸川乱歩賞を受賞した、佐藤究の第2作『Ank: a mirroring ape』。近未来の2026年10月26日に発生し、数万単位の死傷者を出した「京都暴動」はなぜ起きたのか?事件の謎が人類最大の謎と直結し、まさかの「解決」までもが描かれる。刊行直後から話題沸騰となった本作が去る3月、第39回吉川英治文学新人賞を受賞した。第20回大藪春彦賞に続き、二冠達成となる。選考委員の中でもっとも熱い声援を送った人物が、恩田陸だ。「この著者ならではの小説の色気がもう確立されていて、これからも『何かやってくれる』と思わせてくれる」と評価した。初対談となったエンタメ界の先輩と後輩、二人の意外な共鳴、共通点とは?

(小説現代 2018年5月号掲載)

恩田
まずは、おめでとうございます。大藪春彦賞を取られ吉川英治文学新人賞も取られ、日本推理作家協会賞も候補になっていますよね(編集部註・受賞者は2018年4月26日の選考会で決定)。
佐藤
びっくりです。『Ank:』は「大スベリしても、『映画秘宝』の読者だけは褒めてくれるんじゃないか?」と思って書いたんですよ。こんなにたくさんの人に喜んでもらえるとは思わなかったし、まさか賞を取るとは思わなかった。むしろ『映画秘宝』は何も言ってこない(笑)
――『猿の惑星』や『2001年宇宙の旅』など、映画ネタがどしどし盛り込まれていますよね。
佐藤
「B級のA」みたいなノリで書いたんです。設定だけなら「B級」だけど、それを「A」まで持っていくっていう。映像クリエイターに届くといいなと思ったんですよね。例えば、ゾンビものってカードを切られ尽くしてるけど、「これならもう一回撮れる」と思ってくれたらいいなって。
恩田
「空飛ぶ人たち」も出てくるわけじゃないですか。特撮みたいなアクションも表現できるから、映像的な見栄えもいい。
佐藤
「パルクール」ですね。日本ではマイナーなんですけど、ヨーロッパでは結構人気があるスポーツなんですよ。
恩田
映像化してもらわなきゃですね。
佐藤
ええ。ぜひ、ハリウッドで。
恩田
そもそもこのお話は、どこから発想したんですか?
佐藤
マイケル・ジャクソンですかね。マイケル・ジャクソンって、チンパンジーのバブルス君と一緒に暮らしていたじゃないですか。マイケルがバブルス君について聞かれて、普通だったら「自分の子供みたいな存在です」とか言いそうなもんじゃないですか。彼は一言、「チンパンジーはとても力が強い」って答えたんですよ。そのマイケルがいいなあと思って。不思議な距離感というか、マイケルなりに冷静に見てるんですよね、バブルス君を。
恩田
面白いエピソードですねえ。
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佐藤
主人公の鈴木望という研究者はDVの被害者という過去を持っているんですけど、それはマイケルのジャクソン5時代のイメージを重ねているんです。彼を追うケイティという女性は、マイケルが整形してどんどん女性的な見た目に近付いていくところ。パルクールのトレイサー、シャガという少年が体現しているのは、人類史上最強のマイケルのダンスです。要は「3人のマイケル・ジャクソン」が集まって、人類の困難に立ち向かっていくって話なんですよ。
恩田
そっか、ゾンビは『スリラー』だったんですね!
佐藤
マイケルの『マン・イン・ザ・ミラー』とくっ付けて、最初は『スリラー・イン・ザ・ミラー』って仮タイトルだったんですよ。是非、マイケルの曲を聴きながら読んでいただけると嬉しいですね。

『メガロマニア』と共鳴する
歴史の不連続性への興味

佐藤
『Ank:』を書く時に集めた、類人猿のフィギュアを持ってきたんですよ。フィギュアとか持ってます?
恩田
いや、持ってないです(笑)。こういうフィギュアって、どこで買うんですか?
佐藤
ビックカメラのおもちゃコーナーですね。ドイツの「シュライヒ」が有名なメーカーで、海洋堂もゴリラを出しています。シロテテナガザルは小型類人猿、オランウータン、ゴリラ、チンパンジー、ボノボが大型類人猿。ただ、ボノボのフィギュアはないんですが。
――フィギュアを見ながら執筆していたんですか?
佐藤
見ることは多かったです。進化の順番に並べていくと、不思議なんですよ。系統樹では一応、人類が一番先端にくるけれども、明らかにもっと強い奴がいっぱいいたわけですよ。
恩田
人類は偶然、残ったんでしょうね。
佐藤
ええ。普通に考えると、オランウータンぐらいで進化はストップかなって思いますよね。でも、そこから大きなジャンプがあって、人類が生まれた。僕、恩田さんの『メガロマニア』(註・メキシコ、グアテマラ、ペルーの「失われた古代文明」の足跡を辿る紀行文集)が好きなんですけど、ああいうものに惹かれる感覚とちょっと似ていますね。古代の遺跡を観に行って、「今とは全く違う文明があったんじゃないか?」って感じるという。
恩田
あの時は、歴史の断絶をものすごく感じたんですよ。マヤとかアステカとか、古代にあった文明は、その後の文明とあまりにも連続していない。
佐藤
不連続性の謎、ですよね。よく「ミッシング・リンク」って言われますけど。古代文明もそうだし、子供の頃感じた謎って大人になってもずっと心にあるじゃないですか。謎を解かないまでも、ぎりぎりまで答えに迫ってからくたばりたい、みたいな感覚はありますよね。僕はピラミッドを作ったやつがライバルだと思ってるんですよ。
恩田
誰が作ったか分からないピラミッド。「世界七不思議」のひとつですね。
佐藤
作者さえも消えて、何千何万年も残れるのか。マヤとかマチュピチュの遺跡に比べると、自分の作品は絶対すごくないわけじゃないですか。少しでも追いつくにはどうしたらいいのかなって、日々試行錯誤しています。
恩田
根源的な怖さっていうか、原始的な怖さみたいなものは私も、書きたいなって思いますね。
――『Ank:』は正真正銘、「人類」の謎に迫っていますよね。ある種の「答え」も出しています。
恩田
前後と左右の言語の獲得で「意識」が生まれたって記述は、痺れました。
佐藤
そう言っていただけると嬉しいです。「意識の幾何学」っていうんですかね。前後の視線は主観で、自己像の認識に関わってくる。そこに左右の視線、客観が加わることで、前後左右のクロスの真ん中に点が生まれて、生命進化のビッグバンが起こる。スティーヴン・キングの『IT』が去年ハリウッドでリメイクされましたけど、「それが見えたら、終わり。」っていうサブタイトルは、あながち間違ってない。そのことを分かっていた連中が、ピラミッドを作ったんじゃないかなって思うんですよ。彼らにとってはジャングルの中に存在しない「直線」そのものに意味があった。
恩田
確かに、直線は自然界に存在しないですもんね。
佐藤
ピラミッドを作った連中と同じようなことを、もう一度新しい形で提示できれば、次の進化のゲートを開けられるかもしれない。みんながスペシャルな人たちになるんだから、もうストーリーなんていらないですよっていう瞬間を、僕は見てみたいですね。
恩田
佐藤さんに、伝奇ものも書いていただきたくなりました(笑)。

小説の中に笑いがあることは
小説家に自己客観性がある証拠

――恩田さんはどのタイミングで、佐藤究という小説家の存在に気が付いたんですか?
恩田
『QJKJQ』の単行本が出てすぐですね。カバーから面妖なオーラが出ていたので、面白そうかなと思って。読んだらすごく好みだったんで、だから『Ank:』も本が出てすぐ買って読んでいたんです。
――好みっていうのは、『メガロマニア』的な部分で?
恩田
いや、『ドグラ・マグラ』的なところ(笑)。なんかこう、ねっとりしてるけど明るいですよね、佐藤さんの本って。そこがいいなと思っていて。粘度は高いんだけど、からっとしてる。例えば暴力が描かれているシーンでも、ある種の陽性というか、どっかにおかしみがあるんです。
佐藤
恩田さんのおっしゃる通りで、凄惨なシーンってよく見るとどこかおかしいんですよね。今日僕が着てきたTシャツの『テキサス・チェーンソー(悪魔のいけにえ)』も、田舎の家に住んでいる殺人鬼が旅行者をぶっ殺す話ですけど、映画全体がなんかヘンで笑っちゃうじゃないですか。その感じは僕も意識しているというか、自然と出てきちゃっているところですかね。
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恩田
ホラーとコメディは紙一重ですもんね。笑いがあるっていうのは、自己客観性があるってことだと思うんですよ。小説でくすっとでも笑えるものが書ける人っていうのは、客観性があるってことだと思うし、そこは小説家にとって必要な資質ではないかなと私は思うんです。あと、佐藤さんは言語を操るのが好きっていうか、楽しんでいるのをすごく感じる。
佐藤
そうですね。僕は言語の表現では詩が一番だと思っています。芸術は詩と音楽が二大王者で、以下は三番手争いだと思ってます。絵画と映画と文学と……おそらく建築も入るのかな。文章を書く時は、画から始める時もあれば、詩から始める時もあります。
恩田
言語実験的な方向に特化した本を書きたい、とか思いませんか?
佐藤
やりたい気持ちはありますけど、前に一度、それをやって失敗しているので。売れないんですよね、言語に特化すると。
恩田
よく分かります(笑)。
――恩田さんは今日の対談にあたって、「佐藤憲胤」時代の作品も読まれたそうですね。確認しますと佐藤さんは2004年に、「サージウスの死神」で第47回群像新人文学賞・優秀作に選ばれてデビュー。同作を2005年に、第2作となる作品集『ソードリッカー』を2009年に刊行しています。そして2016年に、『QJKJQ』で第62回江戸川乱歩賞を受賞し、純文学からエンタメのフィールドへと移行して再デビューを果たします。
恩田
連続性を感じましたよ。純文学の頃から、身体性と言語の対立がありますよね。暴力が日常に突然侵入してきた時に、言葉が暴力に対抗するだけのものを持ち得るかどうか、というテーマをどの作品からも感じました。『QJKJQ』も『Ank:』も、同じテーマが根っこのところに流れている気がして、そこを常に考えてらっしゃる人なんだなっていうのを思いました。
佐藤
ありがとうございます。ただ、そこって僕自身のオリジナルなテーマというよりは、人類のテーマじゃないですか。そもそも小説を書くってことも、自分だけでやっている感じはあんまりない。人類の無意識と繫がっていく、みたいな感覚なんですが、いかがでしょうか。
恩田
その感覚は、私もありますね。
佐藤
例えば、深海に潜っていくとします。深海写真を撮ってきて、陸に上がってきて写真館で展示して、見てくれる人が増えて花束とかをくれる。その時の微妙さってあるじゃないですか。潜って深海の写真を撮ってきただけで、すごいのはその景色なんですよね。想像力っていう酸素ボンベが必要だったり、深海を探査するうえでの技芸は必要だと思うんですけど……。ただ、ひとつ思うのは、『Ank:』みたいな作品が評価されるってことは、「自分たちって何なんだろう?」と考える時代が来ているんじゃないかな、と。その時代に自分が少しでも社会貢献できるとしたら、こっち(小説)なんですよ。今さらね、ちゃんとどこかの会社の正社員になろうとしても「入れねーよ!」って話ですけど。

暴動シーンの裏にあった
前代未聞(⁉)の創作秘話

――乱歩賞で再デビューするまでは、執筆以外にお仕事もされていたんですか?
佐藤
仕事はいろいろ、転々としてきました。どの職場でも一応、真面目に働いていたんですよ。小説で売れた時に備えて、「あいつ、ひどいやつだった」って言われないようにしなきゃな、と。
恩田
どんな経験も、作家の場合は無駄にはならないじゃないですか。いろいろな職場で働けて、良かったんじゃないですか。
佐藤
そうですね。『QJKJQ』に関しては、もろに職場からの影響があるんですよ。あの小説は深夜の郵便局で、郵便の仕分けをして働いていた時に、メインの設定を思い付いたんですね。休憩時間にうろついていたら、巨大で真っ暗な食堂の奥の方に、謎の部屋があったんです。そこへ寝に行ってる人とかいるんですけど、そこを使う人はみんなキャリアが長いんですよ。「あの部屋に入ったら郵便局に骨を埋めてしまうことになるぞ!」と、意地でも行かないぞと思っているうちに、「もしもあの部屋に家族が住んでいたとしたら、どんな人たちかな?」と。
――殺人鬼の一家でしたよね(笑)。
佐藤
郵便屋さんって、でっかい台車とか使うじゃないですか。
恩田
あの中に死体が入ってるんじゃないか、と(笑)。
佐藤
夜中ってヘンなことを考えますよね。賞をもらってやめる前にその部屋、覗いてみましたけど、普通におっさんが寝っ転がって競馬新聞とか見てる、しょうもない部屋でした。
恩田
『QJKJQ』は二度目に乱歩賞に応募した作品だと伺ったんですが、最初に乱歩賞に応募したのはどういう作品だったんですか?
佐藤
最初のやつはですね、GHQの統制下の日本に、小泉八雲マニアの殺人鬼の外人がきて、人をいっぱい殺して……という話です。
恩田
なるほど(笑)。
佐藤
会話がほぼないんですよ。エンタメの賞なのに、それこそ言語実験みたいなことをやっちゃって、そりゃ落ちるよなっていう。
恩田
それを書き直して出すって手はないですか?
佐藤
いやあ。僕は純文学のほうで、結構長く仕事がなかった時代があって。原稿を編集者に送っても、何もレスポンスがなかったりするんですよ。そういう時は深追いしないっていうか、小説自体を捨てる。反応がなかったらダメだったってことで、新しい小説を書こう、と。そのクセが付いちゃったので……。
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恩田
せっかくですから、それも読みたいですよ。
佐藤
……今日も恩田さんとお話ししながら思ったんですけど、エンタメのみなさまのあたたかさというか、懐の深さってすごいです。だって、恩田さんが僕と対談をするメリットなんて、まったくないじゃないですか。でも、忙しい合間を縫って引き受けてくださるし、昔の僕の本も読んでくださっていたりするし。それに比べると、前に自分がいた純文学の世界は、冷たすぎる(苦笑)。「文学とは何か」って、それぞれの意見がありすぎるんでしょうね。ぶつかってしまいがち。
恩田
エンタメだと、面白ければなんでもいいんです(笑)。
――「叩く」みたいな感覚は持ってないってことですよね。
恩田
叩くってことはないですね。特に吉川賞の場合は、いつも明るい選考会なんですよ。今回は、『Ank:』はとにかく、全員が間違いなく認めた。他の作品に関しては「どうしてもこの作品は推せない」って人がそれぞれ出てきたんですけど、『Ank:』は全員OKでした。
――恩田さん的には『Ank:』は100点満点でしたか?
恩田
いや、100点ではない(笑)。選評にも書きましたけど、肝心の暴動シーンをもうちょっと作り込んでほしかった。真ん中で暴動シーンの章が始まるんですけど、そこにいくまでがめちゃくちゃ面白かったんですよ。ワクワクしたし。
佐藤
暴動シーンは、『映画秘宝』読者向けだったんです……。
恩田
確かにそう。暴動シーンから通俗映画的になっちゃった。
佐藤
本当は、暴動シーンはもっと長かったんですよ。短くして良かったのかもしれない。「10ページ削ってくれ」って言われて、校了前にばたばたと手を入れたんです。
恩田
えっ、そうなんですか⁉
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佐藤
値段が上がるといけないからって。装丁は『QJKJQ』に引き続き、すばらしいデザイナーの川名潤さんにお願いして、鏡面反射する特殊な帯が生まれたのですが、そこでも値段が上がる。「どこで値段を落とそうか」という話になって、「もう本体を削ろう」と。土壇場での10ページ削減はきつかったですね。でも、「そうすると100円落ちます」って言われて、あとは僕もデザイン重視派なので(笑)。
恩田
10ページ減で100円も落ちるんだ⁉
佐藤
紙の「折り」の関係で、ちょうどいいところになるらしいんですよ。川名さんと編集さんには「好きに作ってください」って言ったけど、まさか自分がつけを払うとは。
恩田
デザイン、かっこいいですよね。タイトルもばしっと決まってます。
佐藤
僕はカタカナのタイトルになるかなと思っていたんですよ。英文のものは伝えておいたけど、「アンク」の三文字になるんだろうな、と。そうしたら、ネットで本の予約ページを見て初めて知ったんですけど、全部英語になってて「知らないぞ~?」って。そんなタイトルの本、おじいちゃんおばあちゃんとか絶対読まないじゃん、と。
一同
(笑)
佐藤
とにかくこの本に関わる全員が、好きなようにやったんですよね。今回はこれで、今回できなかった部分や改善すべき点は、次の作品に活かしていこうと思います。

何も心配はしていません
早く次の作品が読みたい!

――先輩作家として、恩田さんから佐藤さんへアドバイスしていただくとしたら?
恩田
小説家って、一番難しいのは「続ける」ことでしょう。あと、大事なのは「次はない」って思うこと。いつか書こうと思って、ネタをあたためてもしょうがない。その場その場で出し切らないと先はないなっていうのが、私が得た教訓ですね。佐藤さんは小説に色気があるので、この先もずっと書いていっていただけると期待しています。
――色気とは、佐藤さんにしか出せない個性や魅力、作品に漂う「この人にしか書けないもの」というムード、という感じでしょうか。
恩田
そうですね。さっき言った、ねっとりしてるんだけど、からっとした部分もあり、どっかに明るさもあり。そこが佐藤さんのカラーっていうか、色気になっていると思います。
佐藤
今の言い回し、ちょっと唐揚げっぽいですね!
一同
(笑)
佐藤
唐揚げ屋の親父が宇宙について考えてもいいじゃないか、ってことですよね。
恩田
この間の『小説現代』に載っていた短編も面白かったですよ(2018年2月号掲載「爆発物処理班の遭遇したスピン」)。これはね、長編のネタですよ。ほんとは長いものを書きたかったとか思いませんでしたか?
佐藤
いや、これは「量子エンタメ」がSFじゃない形でどれだけウケるか、というテストショットだったんです。本で出すと、ある程度回収する義務が発生するじゃないですか。雑誌掲載だったらそんなリスクが無いんで、枚数はどうしても短くせざるを得ないんですけど、実験ができるんですよね。結果、読者の声はあんまり聞かないけど、各社の編集者さんから「うちでもこういうことをやってくれ」っていう反響は大きかったです。
恩田
でも、『Ank:』の次にまたこういうのを書いちゃうと、「こういうものを書く人なんだ」って思われちゃうかもしれない。
佐藤
「スタジオ超大作!」みたいな。次は低予算でいこう、みたいなことがなかなかできない空気はちょっと感じ始めてます(笑)。
――では、恩田さん的には何も心配してないというか、早く作品を読ませてほしい、と?
恩田
ええ。早く次を! 次の作品はどういう話なんですか?
佐藤
コーエン兄弟の『ノーカントリー』という映画で、ボンベをごろごろ転がして、散弾銃をぶっ放す殺し合いが出てくるじゃないですか。ああいう奴が出てきます。あとはキューブリックの『時計じかけのオレンジ』に出てくる、主人公の不良少年アレックス。ベクトルは全然ちがう暴力性の持ち主が、たまたま出くわしてしまったって話にしようかなって思っています。
恩田
ピカレスクロマンっぽいですね。
佐藤
どちらかというと、『ゴジラvsスペースゴジラ』ですね(笑)。ギリシャで言ったらディオニュソス的な、暴力トランス全開になりそうです。そればっかりになったらまずいので、そこに少し哲学っぽいものも入れようかな、と。あと、実は昨日一個企画を思い付いてしまって。ネタをあたためずに喋っちゃいますと、『メガロマニア2』を僕に書かせていただけないかなっていう……。
恩田
あっ、いいよ!
佐藤
そんな簡単に(笑)。じゃあ、『メガロマニア』で恩田さんが行かなかった古代文明の場所にいつか行って、感じたことをいろいろ書いてみたいです。ただ、最近手術をして足にチタンプレートが入ってるんですよ。このままだとたぶん、空港で謎の別室に連れて行かれてしまう。
恩田
でも、その部屋に入った経験から、新しい小説ができるかもしれませんよ?(笑)

(小説現代 2018年5月号掲載)

恩田

恩田陸(おんだ・りく)

1964年宮城県生まれ。第3回日本ファンタジーノベル大賞の最終候補作となった『六番目の小夜子』で1992年にデビュー。2005年『夜のピクニック』で第26回吉川英治文学新人賞と第2回本屋大賞、2006年『ユージニア』で日本推理作家協会賞長編及び連作短編集部門賞を受賞。2017年『蜜蜂と遠雷』で第156回直木賞および第14回本屋大賞受賞。近著に「七月に流れる花」『八月は冷たい城』『失われた地図』『錆びた太陽』、絵本に『おともだち できた?』などがある。

佐藤

佐藤 究(さとう・きわむ)

1977年福岡県生まれ。福岡大学付属大濠高等学校卒業。2004年に佐藤憲胤名義で書いた『サージウスの死神』が第47回群像新人文学賞優秀作となりデビュー。2016年『QJKJQ』で第62回江戸川乱歩賞を受賞。2018年『Ank: a mirroring ape』で第20回大藪春彦賞、第39回吉川英治文学新人賞を受賞。

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