著作100冊突破の上田秀人、読み応え満点の初外伝!
立花併右衛門、柊衛悟、瑞紀、冥府防人……
大人気シリーズの物語前夜の秘話が明らかに!
「この文庫書き下ろし時代小説がすごい!」に二度にわたり第一位に輝くなど、平成時代小説文庫を代表する人気シリーズ「奥右筆秘帳」。幕政の闇を知り、命を狙われる奥右筆組頭の立花併右衛門。併右衛門と愛娘瑞紀を護るのは、厄介者となっていた隣家の次男柊衛悟。「筆」と「剣」の力で闇と闘う彼らの前に立ちはだかるのは無敵の甲賀忍・冥府防人、そして権の亡者と化す一橋民部卿治済。物語前夜の彼らの葛藤と謎を描く銘々伝。
『前夜 奥右筆外伝』
著者:上田秀人
定価:本体640円(税別)
大人気時代小説シリーズ、全十二巻で堂々の完結!
第一巻 『密封 (みっぷう)』
江戸城の書類決裁に関わる奥右筆は幕政の闇にふれる。第二巻 『国禁 (こっきん)』
飢饉に苦しんだはずの津軽藩から異例の石高上げ願いが。密貿易か。第三巻 『侵蝕 (しんしょく)』
外様薩摩藩からの大奥女中お抱えの届出に、不審を抱いた併右衛門を第四巻 『継承 (けいしょう)』
神君家康の書付発見。駿府からの急報は、江戸城を震撼させた。第五巻 『簒奪 (さんだつ)』
将軍の父でありながら将軍位を望む一橋治済、復権を狙う松平定信。第六巻 『秘闘 (ひとう)』
奥右筆組頭を手駒にしたい定信に反発しつつも、将軍継嗣最大の謎、第七巻 『隠密 (おんみつ)』
一族との縁組を断り、ついに定信と敵対した併右衛門は将軍家斉が第八巻 『刃傷 (にんじょう)』
江戸城中で伊賀者の刺客に斬りつけられた併右衛門は、受けた脇差の鞘が割れ、
老中部屋の圧力で、切腹、お家断絶の危機に立たされる。
第九巻 『召抱(めしかかえ)』
瑞紀との念願の婚約が決まったのもつかの間、衛悟に新規旗本召し抱えの話がもたらされる。定信の策略で二人は引き離されるのか。第十巻 『墨痕(ぼっこん)』
衛悟が将軍を護ったことで立花、柊両家の加増が決まる。だが定信は将軍謀殺を狙う勢力と手を結ぶ。大奥での法要で何かが起きる!?
第十一巻 『天下(てんか)』
将軍襲撃の衝撃冷めやらぬ大奥で、新たな策謀が。親藩入りを狙う薩摩からの刺客を察知した併右衛門の打つ手とは? 女忍らの激闘!
第十二巻 『決戦(けっせん)』
宿敵・冥府防人(めいふさきもり)との最終決戦── 生きて帰ってこい、衛悟! そして、権を手にするのは誰か? 最高潮の盛り上がりのなか、ついに、最終巻!
「本能寺」「安土城」――戦国最大の謎に挑んだ話題作!
織田信長だけに見えていたもの、それは何か?
秀吉、光秀そして黒田官兵衛に下された秘命とは?
文庫は<表><裏>の二冊! どうぞ読み比べてください!!
『天主信長<表>我こそ天下なり』
著者:上田秀人
定価:本体724円(税別)
『天主信長<裏> 天を望むなかれ』
著者:上田秀人
定価:本体724円(税別)
『軍師の挑戦 上田秀人初期作品集』
著者:上田秀人
定価:本体619円(税別)
桶狭間の今川義元、不審な後退の謎 × 黒田官兵衛
大老堀田正俊を刺した殿中刃傷の謎 × 新井白石
田沼意知と佐野善左衛門の遺恨の謎 × 金貸し座頭重藤
吉良邸から逃れた寺坂吉右衛門の謎 × 竹田出雲
茶聖千利休への関白秀吉の激怒の謎 × 不昧公松平治郷
京の近江屋で憤死した坂本龍馬の謎 × 勝海舟
桜田門外、井伊直弼襲撃の企ての謎 × 小栗忠順
新政府に抵抗した榎本武揚出世の謎 × 福沢諭吉
上田秀人(うえだ・ひでと)
1959年大阪府生まれ。大阪歯科大学卒。
’97年小説CLUB新人賞佳作。歴史知識に裏打ちされた骨太の作風で注目を集める。著作に「織江緋之介見参」「お髷番承り候」(徳間文庫)、「勘定吟味役異聞」(光文社文庫)、「闕所物奉行裏帳合」(中公文庫)、「妾屋昼兵衛女帳面」(幻冬舎時代小説文庫)などのシリーズがある。また『孤闘 立花宗茂』(中央公論新社)で第16回中山義秀文学賞を受賞、講談社創業100周年書き下ろし作品『天主信長 我こそ天下なり』(講談社)も大胆な解釈で評判に。
講談社文庫では、「奥右筆秘帳」シリーズが抜群の読み応えと好評を博し、「この文庫書き下ろし時代小説がすごい!」(宝島社)でもベストシリーズ第一位に輝いた。府下で歯科医院を開業する歯科医でもある。
――そもそも小説を書こうと思いたったきっかけは。
子どもたちが大きくなって、なにか形になるものを見せたくなったんですね。お父ちゃんが歯医者やからといっても、仕事はみせられない。治療に来られた患者さんに口を開けてもらって、「この入れ歯、お父ちゃんがつくったんやで。よくできてるやろ」というわけにもいかないし(笑)。小説だったらなんとかなるんじゃないか、といま考えてみてもすごく甘い考えで、この世界に入ってしまいましたね(笑)。
――いまはそのお子さんも熱心な読者に。
熱心なのは長男ですね。「お父ちゃん、これ一冊で二百人も殺してるで。やりすぎやで」とか「今回は二十六人か、少ないな〜」とかね(笑)。
いまでは強力な外部記憶装置になってくれていて、脇役の名前など尋ねたら、すぐに答を返してくれます。
――「奥右筆秘帳」では「文」と「武」、二人が主役なのが「奥右筆秘帳」の特徴です。老練な奥右筆組頭の立花併右衛門と若い剣士柊衛悟が、補完しながら物語が進んでいきます。
おんなじ主人公側といっても、互いの思惑はまったく違っているんですね。かといって敵に狙われる命がけの状況で、足を引っ張りあうわけにはいかない。協力するうちに人らしい交流が生まれ、ストーリーにも反映してきました。
――衛悟は貧乏旗本の次男坊、厄介叔父という立場にあります。上田さんの作品には、武家特有の考え方が反映されていますね。
家という言葉は、今ではマイホーム、建物の意味になっちゃうんです。一生かかってローンを払っても家を建てることが男の夢とかいうふうに。江戸時代には、藩主や将軍に命じられたら移らないといけません。建物に対する愛着がないかわりに、命がけで家名にこだわるのが武家の矜持であり存在意義でもあるわけです。江戸時代といまのいちばんの差だと思うんです。いくら現代人の感覚に引きつけて時代小説を書くといっても、そこははっきりさせておかないと。だから衛悟は、そこの部分を体現させる存在として使っています。
――時代とともに、われわれが変わっていった、失っていったところかもしれませんね。
そうですね。日曜日に仕事に疲れたおとっつあんが寝転んでいても、奥さんからは「掃除機かけるのに邪魔や」と罵られるのがオチですからね。家長の意味がすっかり変わっています。
時代小説を楽しんでくださるのは、われわれと同世代から上のかたが多いと思うんですよ。日本のいちばんの繁栄を支えてきたときの現役サラリーマンじゃないですか。家庭も顧みずに働いて。そして気がついたら「きみ、六十になったからもういいよ」と言われ、誇りごと失ってしまう。いざ自分の建てた家に帰ってみると、すでに居場所がない。だからせめて物語の中だけでも家長、父権というものを大事にしてきた時代を思っていただけたらな、というのも、すこしばかりあるんですね。
一方で人の欲を体現するキャラクターも必ず、ぼくの場合、出すようにしてます。ちょっとでも出世したい、いいもん着たい、いいもん食べたい、そういう人間らしい欲の部分ですね。
「奥右筆秘帳」の場合は、併右衛門にそれを担わせてます。一人娘にいい家を遺してやりたい。そのために頑張るところもわざと入れています。併右衛門は奥右筆組頭からもう一つ上を狙える位置にいます。お広敷の用人とか、西の丸の留守居役とか。旗本としては上がり役ですが、将軍と直接口をきくことが許される立場です。そこまで上がっておけば、後を継いだ者も、いきなり無役の小普請からということはないですから。彼はそこを目指しているんです。だから娘の婿にも相応の家格を望んでいる。
――実在の人物を登場させる面白さとは何でしょう?「奥右筆」でめだつのは何十人も子をなした将軍家斉でしょうか。聡明かつ孤独な人物として描かれています。
大奥に妻妾が何十人もいて、子も五十数人。オットセイ将軍などと揶揄されたりしていますが、でもそれが本当の姿だったのか。おそらく彼は鬱憤を晴らす場所が大奥にしかなかったのかもしれない。頭の回る人間ならば、自分が飾りであると気づくのは早いだろう、考えを実現してくれる者として、松平定信と気脈を通じていてもおかしくない、そういうふうに考えていったんですね。
たくさん子をつくったおかげで、それまで徳川の親戚でなかった大名たちに子女を無理矢理押し付けることになりますが、じつは緩んでいた徳川体制を一度引き締める効果もあったと考えられるんですよ。
家斉がいなければ、黒船が来た段階で、幕府は雪崩を打って潰れていたかもしれない。名君とは言えないけれど、徳川幕府を一代か二代、延命させた立役者なのかもしれません。
――「奥右筆秘帳」を楽しむにはやはり第一巻の『密封』からですか。
いやデビュー作から全部読んでください(笑)。もちろん『密封』から読んでいただけると奥右筆のことなどよくわかると思うのですが、一応どの巻からでも楽しんでいただけるように書いています。
「奥右筆」では特に、ほとんどのキャラクターがもう勝手に動いてくれますね。書いてるときにも、それまで頭の中になかった人物がパッと浮かんでくるときがあるんです。ここでおれ、出たほうがいいんじゃない?などと囁いてくれたりして(笑)。
(「IN・POCKET」2010年6月号より抜粋)