――今回文庫オリジナルとして刊行される『ハゲタカ2.5 ハーディ』は、小誌に連載された作品でした。連載のきっかけから教えて下さい。
真山 2008年に、私の文庫担当の編集者が「IN★POCKET」の編集長になったんです。それでそのお祝いに何か連載しようかと提案して。だからほんとうに軽い気持ちから始まった企画でした。
――具体的な構想はなかったんですか。
真山 ありませんでした。『ハーディ』連載開始のときには、これに先がけてシリーズ三作目の『レッドゾーン』(2009年刊)を「小説現代」で連載中でした。
「ハゲタカ」シリーズは1作目の『ハゲタカ』(2004年刊)も2作目の『ハゲタカII』(2006年刊『バイアウト』より改題)も、鷲津(わしづ/政彦)、芝野(健夫)、(松平)貴子という主要キャラクター3人が、接したり離れたりして物語が展開していきます。だから『レッドゾーン』でもその手法をとろうかと思ったんですが……。
――『レッドゾーン』には貴子は登場しませんね。
真山 一応、考えたんですよ。『ハゲタカII』では、貴子率いるミカドホテルは世界的リゾートグループであるリゾルテ・ドゥ・ビーナスの傘下におさまります。その設定から貴子をどういう立場で登場させようかと。
新刊の『ハーディ』では、ビーナスグループのミッションとして、貴子が老舗旅館の金色屋(こんじきや)の再生に乗り出します。これと同じようなことを、じつは『レッドゾーン』でさせようと考えていたんです。中国の国家ファンドが日本の自動車のトップメーカーを買収しようとする話なので、貴子に中国のリゾートホテルを再生させて、そのホテルの宿泊客に国家ファンドの要人がいたりすればメインプロットとの接点も見出せるかもしれない、場所は世界遺産のある蘇州――。
そこまで考えて、実際に蘇州へ取材に行ったんです。世界遺産の庭園はすばらしい、見事なものです。でもすばらしいのは特定の範囲内だけなんですね。隣接する街並みは、世界遺産を利用して金儲けしたいという欲望があからさまで、ド派手な看板の土産物店とかレストランが軒を連ねているわけです。ヨーロッパのスタンダードでいうところのラグジュアリーなホテルは、中国では成立しないなと。これで一気に〝貴子・蘇州〟案はしぼんでしまった(笑)。
マジテック再生という芝野関連のサブプロットもあるので、貴子のエピソードまで話を広げて物語をまわせるかなっていう懸念もあったんです。それで最終的に「『レッドゾーン』ではこれまで登場してきた主要キャラのうち、貴子か飯島(亮介)を切る」って宣言して何人かの男性編集者に意見を聞いたんです。そうしたらほとんどが「貴子をのこすべき」って言うんですね。その結果を事務所に持ち帰って報告したら、うちのスタッフは女性が多いんですけど「そんなのありえない」って言下に却下されて。
結局、『レッドゾーン』には貴子は登場させないことにしました。
――スタッフの方々が「ありえない」と思った理由は何だったのですか。
真山 貴子は男性読者には非常に人気があるんです。二十代の女性も「かっこいい」って憧れてくれる。でも、女性読者が30過ぎると途端に評価がかわるんです。〝男にすがって利用してウマく生きて、やたら自己弁護する嫌なオンナ〟って(笑)。「ハゲタカ」シリーズの登場人物のなかでも支持とアンチの振り幅がこれだけ激しいのは貴子だけですね。
そんな状況にあって、私は胸中秘めた野望を抱きます。貴子を嫌う女性読者がひれ伏すようなものを書いてやろうと。貴子がヒロインになったら面白い小説になるということをわからせようと。そんなときに「IN★POCKET」の連載企画の話があったわけです。
ちょうど2作目の『ハゲタカII』と3作目『レッドゾーン』の物語の間には時間的なすき間があるんですね。それならそこを埋めるスピンオフを、貴子を主人公に書こうじゃないかということになったんです。
――文庫版のタイトルにある「2.5」は、2作目と3作目をつなぐという意味合いなんですね。
真山 そうです。ビーナスグループの傘下にあるミカドホテルを、完全に貴子の手に取り戻す、という物語にしようと連載が始まりました。当時はいまほどインバウンドが注目されていなかったし、日本の観光立国としてのあり方とか、日本人はサービスの意味を履き違えているということを提示しようと思いました。
連載が始まり、ビーナスグループの壮絶な内紛劇を書きながら、ふと湧いてきた想いがあったんです。それは「このままでいいんだろうか」という自問です。
「ハゲタカ」シリーズは、言わば現代の〝戦国時代小説〟です。国盗り物語であり、盗った盗られたが国家レベルのスケールで展開する、そんなシリーズだと私は思っています。ストーリーにメリハリが利いて、エッジが立っていることが常に要求される。このまま貴子の成長物語だけで完結した場合、このハゲタカ流のメリハリが出せるのか、という疑問を抱いたんですね。
それで、貴子だけですすめていた物語に、美麗(メイリ)の視点も取り入れることを思いついたのです。
――『ハーディ』は上下巻の構成ですが、上巻は貴子、下巻はの多い中国人女性の美麗を中心に展開します。
真山 物語の中盤になると舞台がビーナスグループの本社があるパリに移ります。パリは、ノワール(暗黒小説)が似合うんですよね。それなら中国の女スパイであり、鷲津の右腕だった故アラン・ウォードの恋人で、貴子とも接点があった美麗に動いてもらおうか、と。
『ハゲタカII』でアランが殺され、その死の真相を『レッドゾーン』で書いて、私のなかではそれでアランのエピソードは完結していました。しかし読者から、『レッドゾーン』を読んだけどアランの死を納得できない、もっと詳しく知りたいという反応があったんです。そんなこともあって下巻では美麗の正体とアランの死の謎解きを中心にしました。