講談社文庫

『トランプ殺人事件』竹本健治

[第3弾!]付録:書下ろし短編「麻雀殺人事件」

『涙香迷宮』竹本健治、伝説の「ゲーム3部作」完結編!

IQ208の天才少年囲碁棋士・牧場智久、密室からの女性消失事件に挑む!

一昨年、第4の奇書『新装版 匣の中の失楽』が復刊され、即日重版決定。続く新作『涙香迷宮』は「このミステリーがすごい! 2017年版」(宝島社)国内編第1位に輝いた。そして伝説の「ゲーム3部作」の連続刊行が開始。完結編は、『トランプ殺人事件』。文庫化特典:書下ろし短編「麻雀殺人事件」も収録!

第1弾『囲碁殺人事件』、第2弾『将棋殺人事件』続々重版!!
竹本健治氏インタビュー『「ゲーム3部作」の軌跡』聞き手:千街晶之(ミステリ評論家) 構成/松木淳 撮影/浜村達也
  • ──
  • 竹本さんが探偵小説専門誌「幻影城」にデビュー作『匣の中の失楽』を連載開始したのが1977年ですから、今年は作家生活40周年にあたります。それに対する感慨をお聞かせください。
  • 竹本
  • 最初のころはね、僕みたいなナマケモノでも仕事を続けさせてくれるのだから小説家っていうのは気楽な稼業だなと思っていたんですよ。でもそのうち出版業界全体がどんどん厳しくなってきて、それでも書けば何とか本を出してくれて、まあ、よく続けてこられたな、という思いはあります。
  • ──
  • 40周年の前祝いのようなタイミングになりましたが、昨年は『涙香迷宮』が『このミステリーがすごい! 2017年版』(宝島社)で国内編第1位となりました。
  • 竹本
  • こういうものとか文学賞とかって、長ーく作家やっているといつかは巡ってくるものなのかなという程度に思ってたんですが、それにしてもこのタイミングなのかと、やっぱり驚きがありました。来るときは不意討ちなんですね。
  • ──
  • 『匣の中の失楽』の単行本刊行が1978年、2作目となるゲーム3部作の1作目『囲碁殺人事件』の刊行が1980年です。この間に竹本さんは、本来なら2作目となる作品を執筆されていたと聞いています。『囲碁殺人事件』刊行までの経緯をお聞かせ願えますか。
  • 竹本
  • 『匣の中の失楽』を書き終えたときに、「幻影城」の島崎(博)編集長から2作目を書きなさいといわれまして。『偶という名の惨劇』という小説を書き上げて島崎さんに渡したんだけれども「君、こりゃ使えないよ」とけんもほろろにダメ出しをいただきまして(笑)。そうしたら意気消沈する間もなく版元が潰れてしまって。そんな事情で『偶という名の惨劇』は刊行されることなく今日に至っているわけです。僕としてはホームともいうべき「幻影城」がなくなってしまい、さあ、これからどうしようかと思っていたら、のちに僕のマネジメントをやっていただくことになる磯田秀人さんが声をかけてくださったんですね。磯田さんは、当時、キティ・ミュージックからCBS・ソニー出版に出向していて、そこから2作目を出さないかと。磯田さんにしてみれば声をかけたのはいいけれど、このナマケモノの男に何を書かせればいいのかと一計を案じた(笑)。それで「君はゲームが得意だし、学生時代は囲碁研究会だったんだろ? そうだ、囲碁を題材にすればいいじゃない」「いわれてみればそうですね。書きやすいかもしれないし、やりましょう」。こんな経緯で僕の2作目は『囲碁殺人事件』になったんです。だからゲームをテーマにするというアイデアは、もともと磯田さんが提案したものなんです。
  • ──
  • 磯田さんとはどういうきっかけでお知り合いになったのですか。
  • 竹本
  • 磯田さんは綺譚社の秋山(協一郎)さんと懇意にしていて、「最近面白いと思った小説を教えて」って聞いたら、秋山さんが「こういうのが出てますよ」ってさしだしたのが刊行されたばかりの『匣の中の失楽』。磯田さんはさっそく読んで、こんな書き手がいたのかとびっくり仰天されて、「幻影城」の編集部に「竹本健治という作家に至急連絡を取りたい」って問い合わせたそうです。それでお会いすることになったんですね。
  • ──
  • 『囲碁殺人事件』では、その後数々の難事件を解決し、『涙香迷宮』でも変わらぬ名探偵ぶりを発揮する牧場智久が誕生します。
  • 竹本
  • 囲碁を扱うんだから、ゲームを俯瞰できる囲碁の天才少年がいたら話を組み立てやすいかなと思ったんです。執筆開始当初は、とくにモデルというものもなかったのですが、しばらくして依田紀基さんが、確か13、4歳だったと思いますが、天才棋士として登場してきて。その当時の顔が非常に凛々しくて美少年だったんです。「あ、智久だ」って自分で勝手に思い込んで(笑)。そののちは、智久は少年時代の依田棋士をイメージして執筆したということはありました。
  • ──
  • 探偵役としては他に大脳生理学者の須堂信一郎と智久の姉の典子がいます。
  • 竹本
  • 当時、左右の大脳半球における機能の違いとかが話題になり始めたころで、僕自身大脳生理学というものに興味があったんですね。それでゲーム殺人事件というテーマを与えられたときに、この最先端科学の探究者を探偵役にしたら面白い化学反応を起こすかもしれないなと考えたんです。囲碁の天才少年智久と、大脳生理学者の須堂。この異なる個性のつなぎ役として姉の典子を置きました。今回の解説で法月綸太郎君から、3人の関係性は『虚無への供物』(中井英夫)の藍司・久生・亜利夫に倣ったものだろうと指摘されましたが、振り返ってみると、少なくとも典子のキャラづけには影響があったかも知れませんね。
    ちなみに、須堂にはモデルがいます。僕は東洋大学の囲碁研に所属していたんですが、そこに囲碁サークルのない東京医科歯科大学のひとりの学生が出入りしていたんです。その彼の言動がひょうひょうとしていて、まんま須堂(笑)。だから風貌も含めて、そのキャラクターをモデルとして使わせていただきました。
  • ──
  • その方は大脳生理学を学ばれていたんですか。
  • 竹本
  • いや、違うと思います。ご本人は産婦人科の先生になられました(笑)。
  • ──
  • 『匣の中の失楽』はアンチミステリーの傑作でしたが、『囲碁殺人事件』は、いわばオーソドックスな本格ミステリーです。この作風の違いはリアルタイムの読者としては大きな驚きだったと思うのですが。
  • 竹本
  • 愛読者カードを見せてもらいましたが、確かに『匣』との落差にびっくりしたという感想が多かったですね。なかには『匣』を竹本健治が書けたのは偶然だったのだとか(笑)。いまでこそゲーム3部作と呼んでいただいていますが、先ほど申し上げたとおり、最初は磯田さんから囲碁をテーマに、という単体の企画だったんです。それで『囲碁殺人事件』を出したら評判が割とよくって売れたんですね。そうしたら磯田さんが「次作もゲームの流れで行こうよ」と。『将棋殺人事件』もそこそこ売れて、どうせなら3作くらい出しましょう、と五月雨式に決まったように記憶しています。言われる通り、『囲碁』は僕にしてはえらく真っ当な本格ということになるのでしょうが、そういう方向のものも受け入れてもらえたかなという実感もあって、その点では嬉しかったというかほっとしたというか。もっともそのあと、またどんどん地金が出てきちゃいましたが(笑)。
  • ──
  • 竹本さんがゲーム全般に精通されていることは有名ですが、やはり囲碁が一番お好きなんですか。
  • 竹本
  • 実に性に合うといいますか……。たとえば将棋だと僕にとってはロジカルな部分の比重が大きすぎる、また、麻雀やポーカーでは偶然の要素が大きすぎる。いろんなゲームをやってみて、ゲームとしての深さ、ロジカルな部分と感覚的な部分とのバランスといった面で、僕にはドンピシャ合っていたんですね。ただ、僕はいついかなるときもゲームには全力を注ぎたいという、根源的な欲求がありまして(笑)。実力が上位の人は下位の人と打つとき、指導碁といって、少し手を抜いて相手に勝つ喜びっていうのを味わわせてあげることも大切なんですね。それが僕にはどうもできない。ついつい完膚なきまでフルボッコにしちゃう。これはいかんともしがたい僕の性でして、ここで言っておきます、ゴメンナサイ(笑)。
  • ──
  • ゲーム3部作の2作目が『将棋殺人事件』(1981年刊)です。これでまた作風といいますか、テイストががらりとかわります。
  • 竹本
  • 僕のなかではギアをいれかえたり、大きくハンドルを切ったりといったつもりはとくになかったんですけど、そのころたまたまエラリー・クイーンの『盤面の敵』を読んで、あ、実際に書いたのはエラリー・クイーンじゃなくって……。
  • ──
  • (シオドア・)スタージョンでしたね。
  • 竹本
  • そう、スタージョン。それ読んですごく面白くて「ああ、こういうものを書きたいなあ」って思ったのが『将棋』を書く動機でしたね。
  • ──
  • 「噂」を推理するというスタイルもそれまでになかった発想でした。
  • 竹本
  • これもたまたま『オルレアンのうわさ』(エドガール・モラン)を読んでいて……。
  • ──
  • 女性誘拐の噂にフランスの地方都市がパニックに陥った事件を題材にしたノンフィクションですね。
  • 竹本
  • 「噂の作用って面白いな」「これミステリーに使えないかな」って思ったんですよね。だからあの当時、自分が興味を抱いていたいろいろなものを繋ぎあわせて、それプラス、繋がりの見えにくい断片を羅列する書き方をしたら、結果的にああいう朦朧とした話になったんです。
  • ──
  • 『将棋』では精神科医・天野が初めて登場します。本作と次作の『トランプ殺人事件』(1981年刊)に『狂い壁 狂い窓』(1983年刊)を加えて狂気3部作ともいわれています。狂気を扱う上で、精神科医キャラクターの誕生は必須だったのですか。
  • 竹本
  • そうですね。『囲碁』はいわば大脳生理学の範疇の事件だったんだけど、『将棋』『トランプ』は精神病理学の話ですよね。そうすると、ここは新たに精神科医に登場願わないとということで。ここで天野というキャラを作っておいてよかったなあ(笑)。
  • ──
  • 『トランプ殺人事件』でテーマとなっているゲームはコントラクト・ブリッジです。竹本さんは執筆前にこのゲームにハマっていたそうですね。
  • 竹本
  • 当時、ワセダミステリクラブ出身の新保博久さんとか関口苑生さん(ともに評論家)、皆川正夫さん(ライター)がルームシェアしていて、そこはみんながたむろしてくっちゃべるようなところだったんだけど、僕も出入りするようになって。みんなゲームが好きだったので、『世界のカードゲーム』という本に紹介されていた何十種ものトランプゲームを、頭からひと通り全部やってみようということになったんです。その本でもいちばん高級で面白いとされ、実際にやってみて確かに面白かったのがコントラクト・ブリッジだったんですね。たちまち夢中になってやっていたら、ゲームシリーズの3作目を書かなきゃいけない時期になっちゃって。
  • ──
  • これは最新作の『涙香迷宮』の「いろは歌」にも通じると思うのですが、語彙の豊富さ、難解さが作風のひとつの特色になっていますね。最初の方で「あふさわに蔦ぞかなしみ濁酒のむ女」「長月に逢ふ女の水曲採蘇羅染む」って前衛俳句がでてきて、人生でもここでしかみたことのないような単語が使われていて(笑)。
  • 竹本
  • ははは。いま作ればもっと平易で自然な感じの句にできるとは思うんですが、当時の僕の技量では、これが精いっぱいだったんでしょうね。確かに、そんな言葉あるのかって感じですけど、それが妙な味になってるかも(笑)。
  • ──
  • 全体をみれば本作は、『涙香迷宮』同様、見事な暗号ミステリーです。
  • 竹本
  • 暗号を作るのは楽しいですね。自分でも得意な方だと思っています。
  • ──
  • ゲーム3部作は、複数の版元によって出版されてきたロングセラーシリーズです。今回刊行される講談社文庫版のように、あらためて刊行される場合、その都度加筆修正するものですか。
  • 竹本
  • 僕は自分の過去の作品を読み返すと、どうしても文章が気になっちゃうんです。とくにリズム面で。執筆当時は当時のリズム感で文章を書いているんだけど、時間の経過とともにリズム感って変わっていくんですね。現時点での僕のリズム感からして、「ここは8ビートだろ!」なんて思ったりすると、もう我慢できない。だからちょこちょこ手を入れちゃうんですよね。版ごとに手を入れてきたから、もう直す必要はないだろうと思いながらゲラを読むと「あれれ?」と首を傾げて、また修正してしまう繰り返しです(笑)。今回の文庫版でも、読点をかなり減らす方向で修正を加えました。
  • ──
  • 講談社文庫版では、3作それぞれに短編が1作つくという、竹本ファンにとってはうれしい構成となっています。
  • 竹本
  • 編集者さんが「『囲碁』には『チェス殺人事件』(2005年刊『フォア・フォーズの素数』収録)を併載しようと思います」というから「ああ、いいんじゃないですか」と答えたところ、「『将棋』と『トランプ』にも、『オセロ』とか『麻雀』あたりを使ってそれぞれオマケをつけませんか」と要望されたんですね。内心ちょっと頭を抱えつつ、自分のなかでも持ちこしの課題ではあったので、「やってみます」と引き受けたんですが、幸い、それを書くための素材が知らず知らずストックされていたようで、どうにか無茶ぶりをクリアすることができました(笑)。
  • ──
  • 講談社文庫版のゲーム3部作の復刊とともに楽しみなのが短編集『しあわせな死の桜』の刊行です。初期の短編集とくらべると全体的に重苦しさというものが薄れたように感じました。
  • 竹本
  • そう。過去の短編集、とくに『閉じ箱』(1993年刊)にあったような重苦しさがずいぶんと薄れて軽くなっているなあとは思いました。それが作風の変化なのか何なのかはよくわからなくて。というのも『かくも水深き不在』や『汎虚学研究会』(ともに2012年刊)では重めの作品も入っているんですよね。今回はアンソロジーや『TRICK×LOGIC』(ノベルゲーム)向けのシナリオなど、初出媒体がばらばらで、その意味ではいろいろなニーズに合わせて書いたものなので、特定の色合いやテイストに偏らなかったのかも知れない。ただ、『匣の中の失楽』が典型例なんですけど、若いころは思いっきり背のびして頑張って格調高く重みのあるものを、という志向が強かった。それが最近はその時どきの等身大の自分で書けばいいというふうに姿勢が変わってきたというのはあるのかもしれません。
  • ──
  • この短編集には12作品が収録されています。このなかで竹本さんのいちばんのお気に入りを挙げるとすれば、どの作品になりますか。
  • 竹本
  • 「漂流カーペット」かな。
  • ──
  • それは意外でした。これは文芸誌「メフィスト」で、佐藤友哉さんの「鏡家サーガ」のトリビュート企画として書かれたものでしたよね。
  • 竹本
  • 「鏡家サーガ」は未読だったんですけど、企画を打診されてから、まとめて一気にわーっと読んで……。「あ、これ面白いな」「この世界観で僕にどんなものが書けるかな」と。それでやってみたら、何かむやみに力がこもっているし、いい感じにヘンチクリンになったなと。かなり満足しています。
  • ──
  • 「夢の街」は江戸川乱歩展のカタログ向けに書かれたそうですね。悪夢をモチーフとしていて竹本さんらしい一作だと思いました。
  • 竹本
  • 僕はミステリーを書いてはいますが、〝ミステリーの人〟だとは自己規定していなくて、根っこは〝幻想の人〟だと思っています。乱歩が描く幻想というのは本当に独特で、これは僕の用語ですけど「ダウナー系の幻想」、アヘン系の幻想なんですね。それに対して今の幻想小説は「アッパー系」、つまり覚醒剤系のものがほとんどじゃないでしょうか。描かれる世界が非常にクリアというか、高い解像度で描かれているものが多い。その点、乱歩の世界は全体にぼやーっとしていて、物の輪郭だけでなく、人間も仮面次第でたやすく入れ替わりそうに曖昧で、語り口に乗せられているうちに脳味噌が甘くとろけてしまう種類の幻想なんですね。こういう種類の幻想を書ける人はますます希少になっているような気がします。中井(英夫)さんなんかもアッパー系の代表格で、僕の資質もそれに近い。だから僕としては乱歩的な「ダウナー系の幻想」を書くことに非常な憧れがあるんです。「夢の街」は、そんな乱歩の世界に少しでも寄り添おうとした、はかない試みのひとつとして(笑)読んでもらえればと思います。

「IN★POCKET」2017年3月号より

  1. もうひとつのあとがきスペシャル
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  2. ゲームシリーズの軌跡竹本健治
  • 竹本健治

  • プロフィール
    竹本健治(たけもと・けんじ)1954年兵庫県相生市生まれ。東洋大学文学部哲学科在学中にデビュー作『匣の中の失楽』を伝説の探偵小説誌「幻影城」に連載、’78年に幻影城より刊行されるや否や、「アンチミステリの傑作」とミステリファンから絶賛される。以来、ミステリ、SF、ホラーと幅広いジャンルの作品を発表。天才囲碁棋士・牧場智久が活躍するシリーズは、’80~’81年刊行のゲーム3部作(『囲碁殺人事件』『将棋殺人事件』『トランプ殺人事件』)を皮切りに、『このミステリーがすごい! 2017年版 国内編』第1位に選ばれた『涙香迷宮』まで続く代表作となっている。
ゲーム3部作
  1. 『囲碁殺人事件』付録短編『チェス殺人事件』
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