講談社文庫

『風神雷神』(上)(下)柳 広司 『風神雷神』(上)(下)柳 広司
    • 『風神雷神』(上)柳 広司
    • 『風神雷神』(上)

      扇屋のが、
      世界を驚かす屏風絵を描くまで

      扇屋「俵屋」の養子となった伊年は、醍醐の花見や、出雲阿国の舞台、南蛮貿易の輸入品から意匠を貪り、絵付けした扇は評判を増す。すると平家納経の修理を依頼される栄誉に。さらに本阿弥光悦が版下文字を書く嵯峨本、鶴下絵三十六歌仙和歌巻の下絵での共同作業を経ると、伊年の筆はますます冴えわたる。

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    • 『風神雷神』(下)柳 広司
    • 『風神雷神』(下)

      俵屋宗達とは、何者だったのか。

      俵屋を継ぎ妻を娶った宗達は、名門公卿の烏丸光広に依頼され、養源院に唐獅子図・白象図を、相国寺に蔦の細道図屏風を完成させる。法橋の位を与えられ禁中の名品を模写する機会を得ると、古今東西の技法を学ぶ。関屋澪標図屏風、舞楽図屏風、そして風神雷神図屏風謎の絵師が遺した傑作の舞台裏を描く。

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特別書き下ろし信長様は甘えるのがお好き特別書き下ろし信長様は甘えるのがお好き

太閤秀吉の時代から徳川の治世へ。
世の移り変わりを背景に、絵を描くことに身も心もささげた一人の男、俵屋宗達が残した数々の傑作。その創作の舞台裏を読むと、改めて宗達の作品を実際に見たくなる。そこが素晴らしい。

書評家・吉田伸子
河北新報 2017年9月10日より

特別書き下ろし信長様は甘えるのがお好き特別書き下ろし信長様は甘えるのがお好き

 『風神雷神』にまつわる最初の記憶は、小学校に上がる前だから、かれこれ45年以上も昔の話になる。
死んだ親父が売れない絵描きだったこともあり、家の壁にはいつも絵や写真が貼ってあった。本物ではない。美術雑誌の付録だったのか画集を切って貼っていたのか今となっては確かめようもないが、絵や写真は定期的に貼り替えられた。

 覚えているところでは、青木繁『海の幸』、靉光『眼のある風景』、岸田劉生『麗子像』、ゴッホ『ひまわり』『星月夜』、ゴーギャン『黄色いキリスト』、ミケランジェロ『ダビデ像』といった感じで、そんな中、なぜか宗達の『風神雷神』だけは同じ場所に変わらず貼ってあった。

 数年後、不思議に思って理由を尋ねると、訊かれた親の方が呆れた様子で「お前が貼っとけ言うたやないか」と言う。

 記憶はまったくないが、『風神雷神』を貼り替えたところ、「あの絵はどこ行った。ずっと貼っといてくれ」と、かなり強硬に主張したらしい。5歳の時だ。その後、親が冗談半分、夜のうちに光琳の『風神雷神』と貼り替えたところ、翌朝、「違う絵になっとる!」と一騒ぎあったらしい。これも覚えてはいない。

 次の記憶は少し飛んで、小説家として本を出す直前最近のような気がしていたが、早いもので20年近く前の話になる。

 なけなしのつてを辿って某出版社の編集者と“会っていただいた”ものの、持ち込んだ原稿はにべもなく突き返され、

 「もっと本気で書かなくちゃ。ほかに書きたいものはないの?」

 と吐き出すタバコの煙とともに聞かれた。

 俵屋宗達伝、ですね。

 そう答えた時の、自分の口調をいまでも覚えている。

 「タワラヤソウタツ?」

 眉を寄せた相手に、私はその頃あたためていたアイデアを話してきかせた。宗達は江戸初期に京で活躍した絵師だが、彼の生涯は謎に包まれている。代表作は『風神雷神』。裏付けとなる資料はほとんど存在せず、研究者もお手上げ状態。書くとしたら小説しかない。俵屋宗達の生涯を是非書いてみたい……。

 そのあたりで、鼻で笑われた。

 「あのね、ヤナギさん……だっけ? 誰も知らない人が書いた、誰も知らない絵師の小説を、いったい誰が読むわけ?」

 「…………」

 「でしょ。そんな夢みたいな話じゃなくて、次はもっと読者を惹きつける現実を書いてきてよ。次があればだけど」

 最後の台詞は実際は言わなかったかもしれないが、こちらとしては言われたも同然で、奥歯をかみしめながら席を立った覚えがある。

 世紀が変わり、時は流れて、今度は3年ほど前の話だ。

 その間、俵屋宗達に関する学術研究が進み、「琳派の祖」として彼の名は人口に広く膾炙するようになった。また柳広司の名前も小説家として世間で少しは認知されるようになった。

 よし、いまならば、と満を持して企画を持ち込んだ最初の出版社では、しかし、あっさり断られた。正直驚いたが、どうやら柳広司の知名度は思っていたほどではなかったらしいと現実を真摯に受け止め、売り先を探して歩き、最終的に講談社で引き受けてもらえることになった。

 足かけ3年。他の仕事はすべて断り、本書の執筆に専念した。いままでの作品の中で、間違いなく一番心血を注いで書いた小説だ。

 作家の苦労など知らない、という意見もあり、読者としては至極まっとうな態度だが、作者がどれほど面白がって書いたかが作品の面白さに比例するのも事実だ。本作品を書いている間、私は幸せだった。「この小説を書き上げるまでは絶対に死なない」と毎日自分に言いきかせていた。

 デビュー前から「15のアホンダラ高校生だった自分と、50のアホンダラオヤジになっているであろう自分の両方が面白く読める小説が書きたい」と周囲に言い続けてきた。

 本書の出版直後に私は満50歳になる。その後、自分が何を書いていくのか、今のところさっぱりわかっていない。

 なんとか間に合った。

 『風神雷神』を書き上げて、それがいま、正直な感想だ。

(読書人の雑誌「本」2017年9月号より)

  • PROFILE
    柳 広司(やなぎ・こうじ)

    1967年生まれ。2001年『贋作『坊っちゃん』殺人事件』で朝日新人文学賞受賞。09年『ジョーカー・ゲーム』で吉川英治文学新人賞と日本推理作家協会賞長編及び連作短編部門を受賞。著書に『新世界』『ザビエルの首』『ロマンス』『キング&クイーン』『ナイト&シャドウ』『怪談』『幻影都市』『象は忘れない』『二度読んだ本を三度読む』『太平洋食堂』『アンブレイカブル』などがある。

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