今の本格ミステリや後輩ミステリ作家が書く作品をどう見ていますか? 『ジャーロ』では若手作家との対談シリーズをやられていますが。
綾辻そんなに万遍なく読んでいるわけじゃないんですけれども、近年の若手はみんな上手だなあと思います。新しい才能がどんどん出てきて、とても頼もしい。『ジャーロ』の「京都対談」の連載は、そもそも詠坂雄二さんを京都に呼んで美味しいものでも食べて元気づけよう、というところから始まった企画だったの(笑)。才能あるのに、迷いが多いようだからと。
そうなんですか。
綾辻ひねくれてるように見えて、実はシャイで真面目な青年なんですよ、詠坂さん。目が離せない作家の一人です。『ジャーロ』で対談をした相手は皆さん、それぞれに楽しみな才能ですね。宮内悠介さんはSFでデビューした人だけど、そもそもは本格ミステリ志向だったそうです。ルーツは『十角館』や『霧越邸』なんだとか。初野晴、一肇……いちばん若いところだと白井智之、と多士済々ですね。道尾秀介さんや辻村深月さんも、今はミステリに限らず幅広いジャンルで大活躍だけれど、根っこのひとつには本格ミステリがあって、そのことを彼らも自覚してくれている。なかなか良い感じでつながっていると思うんですが。
昨年、鮎川哲也賞を受賞した市川憂人さんの『ジェリーフィッシュは凍らない』も、「館」シリーズの影響が感じられる作品でした。
綾辻そういう新人作家が出てきてくれるのはもちろん、とても嬉しいことです。けっこう多いんですよね、『十角館』を読んで衝撃を受けて……という人。そのように聞くと、自分が30年やってきた意味もあったかな、と思えます。
「館」の新作は? という話にどうしてもなりますが。
綾辻いま書いているのは『Another 2001』という長編なんですが、とにかくこれが終わらないと次に進めないんですね。並行して書くエネルギーがもはや、ないので。終わったら、そろそろ「最後の館」となる10作目にとりかかるのかな、とは考えています。
ホラーを書くときとミステリを書くときで創作の手順は違うのでしょうか?
綾辻いや、僕の場合はほぼ同じですね。ホラーといっても、たとえば『Another エピソードS』なんかは完全にミステリの構造だし。ただ毎作、自分的に「初めてのこと」をしようとするので、そのたびに苦労している感じです。『Another 2001』も大変に苦労しています。どうなることやら……。
次はどんな「館」にするというのは決めているんですか?
綾辻公言するとそれに縛られてしまうので、ここでは言いません(笑)。いくつか候補はあるんですけど、内緒です。それから、これは何度も言ったり書いたりしていることですが、「最後の館」といっても、シリーズ全体の大きなオチがあるような物語にはなりませんので。何気なく10作目を書いて終わりにする、というイメージを持っています。
この30年でいちばん変わったと自分で思うことは?
綾辻加齢にともなう身体の衰え(笑)。
それ以外でお願いします(笑)。
綾辻若いころに比べて、ずいぶん人間が丸くなったというか。べつに戦闘的な若者だったわけじゃないんですが、デビュー当初はもっと生意気で、良くも悪くも尖っていた気がします。いやまあ、今でも密かに尖っている部分はあるんですけど(笑)。
本格ミステリを取り巻く状況は、30年前に比べるとやっぱりすごく変わりましたね。ミステリ界全体の風通しが良くなったというか、少なくとも30年前よりも志向性や作風の多様性が認められ、確保されているように思います。このところ、現実の世界では「多様性の否定」という逆行的な流れがあちこちに見受けられますけれども、ミステリの世界はそうであってほしくないですね。