■見て楽しむ数学
周木律
数学というのは、元々は二つに分かれていた。代数学と幾何学である。
代数学は、いわゆる方程式である。二次方程式の解の公式を必死で暗記された方もあろう。
一方、幾何学は作図により解を求める手法であり、基本的に記号が出てこない。だから取っつきやすく、代数は苦手だが幾何は面白いと感じる人も多い。
もっとも、この二つは本質的には同じものだ。十七世紀にデカルトが「座標」を発明し、代数と幾何は相互に置き換え可能であると示したのだ。近代数学は、この転換点からさらなる発展を遂げたのである。
と、前置きはこのくらいにして、拙作「堂」シリーズである。
前作『双孔堂の殺人』では数学トリビアのほとんどを文字で説明した。これは代数と同じでイメージしづらく、訳がわからないと思われた方が大多数だっただろう。
一方、今作『五覚堂の殺人』では、その反省を踏まえ(?)図を多用した。幾何のように見てわかる形で示したのである。このため館の図面以外にも、絵画や楽譜などとにかく図が多く挿入されている。これらのお陰で、数学的な面白さをよりイメージしやすくなったのではないか、と思う。
ところで、文芸というのは読んで字のごとく「文」の芸なので、文章で表現しないということはある意味では作家の怠慢である。この点、指摘されれば「申し訳ない」と頭を下げるしかないのだが、特に今作のテーマであるフラクタルは図でないと伝わらない部分が多く、むしろ図そのものが面白いということもあり、無理を言って、数多くの図を掲載させてもらった。前作では意味不明さばかりを感じられた方も、今作では「ああ、数学は不思議だな」と素直に感じていただけるだろう。
ところで、今回の文庫化に当たり、解説を青柳碧人さんに書いていただいた。
青柳さんは数学を愛好する大先輩作家なので、本来こんな言い方はおこがましいのだが―本当に素敵な解説で、一読の価値がある。特に、「堂」シリーズの主人公、十和田只人のモデルであるハンガリーの数学者(故人)ポール・エルデシュに関する実に面白いトリビアが書かれているのだが―その内容はぜひ、本書をお読みいただければと思う。
「堂」シリーズ第3弾。
第三の館と遺言とが惨劇を呼ぶ
周木律
2013年『眼球堂の殺人 〜The Book〜』(「堂」シリーズ第1作となる)でメフィスト賞受賞、デビュー。新刊は『LOST失覚探偵(上・中)』(講談社タイガ)