■怪談を尊ぶ家から
小泉 凡
小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)は『怪談』の作者として知られているが、八雲没後の小泉家にも、ご縁を大事にし、人間世界で世は完結しないとする先祖の価値観が受け継がれている。
二〇一三年七月に松江歴史館で行った「松江怪談談義」という催しが執筆のきっかけとなった。現代怪談の旗手、木原浩勝さんと対談をする中で、八雲が子孫たちに伝えた物語や人智を超えた力の作用としか思えぬエピソード、私自身が祖霊の仕業(怪異)と感じた不思議な邂逅の記憶が
次々と蘇ってきた。『怪談四代記 八雲のいたずら』はそんなエピソードを綴ったものだ。
読者の皆様には、文字のフォントが変わったら「八雲のいたずら」の予兆を感じてドキドキしながら読み進めていただきたい。そしてこれは他人事ではなく、皆さんの身近にもきっと起こりうる出来事だと感じながら。
八雲は怒りも思い込みも人一倍激しい方だったと思うが、西洋中心主義でも人間中心主義でもなく、オープン・マインドでものの本質を洞察しながら生きた。だから怪談の中にも時空を超える真理(truth)を見出すことができたのだろう。そんな八雲の精神性にも触れていただければ幸いだ。
単行本の出版後、読者から「私にも先祖の縁の力を感じるできごとがある」という報告がいくつも寄せられた。門井慶喜さんからは、自伝と家伝と評伝がトリプルで渾然一体となったような趣がユニークで面白く、ためになる本だというありがたい言葉をいただいた。木原浩勝さんは「怪談と妖怪をひとつのものに体現させた」、東雅夫さんは「天性の旅人が祖霊に導かれるまま、自身のルーツを世界に辿る幻想紀行の側面が面白い」、希望学の創始者、玄田有史さんからは「どんな時代でも人間の力を超えた悲劇が存在するかぎり、怪談や希望の世界は、きっといつまでも人々に寄り添い続ける」と、内奥に迫る嬉しい感想をいただいた。
文庫版刊行にあたり、読者からのご指摘やゆかりの品の発見、再訪による新事実の判明などで、一部に修正を加えた。
私の住む松江を、自信を持って「怪談のまち」と呼べるようにしたい。そんな願いも本書に込めている。「怪談のまち」は自然を畏怖し、ご縁を大切にするまちだから。
小泉 凡
1961年、小泉八雲の曾孫として東京で生まれる。島根県立大学短期大学部教授。小泉八雲記念館館長、焼津小泉八雲記念館名誉館長。現在は松江市在住