■不思議な出会いの不思議な物語
松宮宏
本書の推薦コメントを、コーネリアスの小山田圭吾さんが書いてくれたのは、物語に登場する小山田家/永積家との縁ができたからです。
そもそものきっかけはL.A.在住のヤスコ・永積・オースティンさんでした。ファッションビジネスをやっていた関係で、今も続く三十年来の知己なのですが、ある日「甥っ子にギターを買って帰って」と頼まれ、ハリウッドのギターセンターからテレキャスターを東京まで持って行ったことがあります。当時高校生の甥っ子は、その後ハナレグミの永積崇さんになり「ウイスキーがお好きでしょ♪」と歌う大人になったのです。
そして崇さんのはとこにあたるのが、当時は知りませんでしたが、コーネリアスの圭吾さんだったわけです。圭吾さんには物語創作の過程で、奈良にある小山田屋敷のことも教えてもらいました。
この物語で主人公のひとりとして名前を拝借したのが崇さんの父である永積惇先生です。七十八歳にして現役の神経内科医師ですが、物語では三十七歳の独身整形外科医として登場していただきました。
しかしこの物語、小山田家/永積家との出会いが構想の出発点ではありません。食通ドラマ×医療ドラマ×刑事ドラマのらせん構造を考え続け、創作に十五年も費やした熟成ものなのです。途中の段階で、戦前の満州からはじまる永積家の歴史を知り、物語に重ね合わせていきました。
十五年前の原稿は、小説新潮長編小説新人賞に応募し、ベスト十二(最終の四作には入らなかった)に残った作品で、永積医師も、腫瘤の秘密も出てきません。熟成期間を経て完成した原稿が、医者に刑事に街金に歌舞伎町マフィアが、妙な病気と美味なる細胞と金に振り回され絡み合う、楽しさ満載の物語に仕上がったのです。
物語には主人公が三人います。元新宿署刑事で下町探偵の小渕岩男五十八歳、殺人犯で大金持ちの街金王藪内久世治郎五十八歳、膝関節症手術専門の整形外科医でガンダムオタク永積惇史三十七歳。準主人公は六人です。東大卒のリケジョで赤外線アレルギーの諸井美和、柔道学生チャンピオンで日中からイビキが止まらない斎藤剛毅、警視庁の名刑事一文字俊介、ガングロ趣味の金融会社社員四谷よん子、和風美人の看護師清水素子、板橋病院の大久保院長。
バッハの多声音楽のような小説になったかと思っています。それぞれの人物がそれぞれの物語を紡ぎながら大団円を迎える。
いつも、長編小説はプロットを作らずに書きはじめます。登場人物たちの行く先を追いながら書き留めていくのですが、これは主役級が九人もいて複雑怪奇、散らばっていく先を見失わないように追うのはたいへんでしたが、結末は落ちるところに落ちました。こんな風にできあがったので、予定調和ではありません。複雑だからこそ出てきた残響。書き上げたときの達成感はハンパなかったです。
「次は小山田家をもっと取材し、柳生一族の物語を書きます」
ヤスコさんにそんな話をしたところ、なんと「L.A.で運送屋さんをしている服部半蔵の子孫」を見つけてきました。
会いに行くしかないぞ!
ということで今、この原稿はL.A.で書いています。
雲ひとつない青い空です。明日は服部家二十代目(?)というケニー服部さんに会います。甲賀対伊賀、柳生対服部の話を現代の物語にしよう。妄想は始まっています。これから先もまだまだ出会いはありそうです。
松宮宏
大阪生まれ。二〇〇六年『こいわらい』で作家デビュー。後に『秘剣こいわらい』と改題して文庫化、絶大な支持を得る。近著に『まぼろしのパン屋』