■『言霊たちの反乱』文庫化にあたって
深水黎一郎
このたび講談社文庫より発売になる『言霊たちの反乱』は、全四編からなる連作短編集です。親本は二〇一二年に講談社から出版された『言霊たちの夜』ですが、今回文庫化にあたって改題いたしました。いつものように、加筆修正も施してあります。
一般に連作短編集というものは、探偵役や語り手など一部の登場人物が各話共通という構成になることが多いようです。本書でも二話以上に亘って登場する人物もいるのですが、実は四つの話すべてにおいて、主役をつとめるのは人間ではありません。主役はズバリ〈言葉〉です。
第一話「漢は黙って勘違い」では日本語の同音異義語が、第二話「ビバ日本語!」では日本語表現の難しさが、第三話「鬼八先生のワープロ」ではワープロの誤変換が、そして最後の「情緒過多涙腺刺激性言語免疫不全症候群」ではステレオタイプ化した言語表現が、それぞれ主役でありテーマです。
デビュー以来私の名前は、本格ミステリーと結び付けられることが多く、それはそれでもちろん光栄なのですが、私自身はフランスのウリポや日本の筒井康隆氏や故井上ひさし氏らの言語実験に大いに興味があり、前々から自分でも書いてみたいと思っていました。ただ先鋭的なウリポ作品になればなるほど、必然的に物語の楽しさは犠牲にされる傾向があるため、その点は気を付けました。
全話について詳しく述べる誌面はないので、本書最大の問題作という評判の第三話「鬼八先生のワープロ」について述べますと、これはそれまでの私の「知的な」作家というイメージを一気に失墜させ、「痴的」に貶めた張本人であります。しかしこれを書いたことは全く後悔しておりません。むしろ続編が書きたいくらいです。
最後に秘話らしきものを一つ。その「鬼八先生のワープロ」の中には、実在の書物の書名が二冊出て来ます。一冊はフランス語、もう一冊は日本語で書かれたポール・ヴァレリーの研究書です。仏語の方の著者は私のパリ大学時代の指導教授で、日本語の方は日本における私の恩師なのですが、同時にさる人気作家のお父上でもいらっしゃいます。
その人気作家の御名前は……本書を買って確認すれば、恐らく見当がつくと思います。
深水黎一郎
二〇一一年「人間の尊厳と八〇〇メートル」で日本推理作家協会賞受賞。デビュー作を改題して文庫化した『最後のトリック』は二〇万部を超える話題書になる。