■『定吉七番の復活』によせて
東郷隆
かつて映画007シリーズは、少年誌の定番で、公開されるたびに、アストン・マーチンのボンドカーやらワルサーPPKの特集大図解が載り、子供たちは口角泡を飛ばしてそのカッコ好さを論じあったものだ。
思えばしごく単純素朴な時代だった。なにしろそのスパイ映画に(今から見れば何ということもない)濡れ場や金粉ショー紛いの女優さんが出てくるだけで、「良識派」の学校教師たちは、児童が観賞することを強く禁じた。我々は「法の眼」をかい潜り、規制のゆるい隣町の映画館に遠征して興味を満したのである。
ある時、私はそういう経験を共有し合った旧友たちと、あの頃の情熱と後ろめたさは何だったのかを語り合った。アルコールもそれなりに入っていた。この折り、一人が私にこう言った。
「そんなに思い入れがあるのなら、お前も007のパロディ書けばいいじゃん」
なるほど、と思った。
その頃、すでに故イアン・フレミングのパスティーシュを書くクリストファー・ウッドとかジョン・ガードナーといったミステリー作家が活躍していた。特に変わっていたのは、ブルガリア人グリャシキの『007は三度死ぬ』で、これは007を東側から「敵」として描いた奇妙な作品だった。
それらに勝つには、よっぽどブッ飛んだ設定にしなければダメだ、と思い悩み、出した結論が『定吉七番』だったのである。
現代の大阪に丁稚がいて、普段はアホな関西人を演じているが、一旦事が起きれば何処へも出張し、バッタバッタと敵を討つ。通称「殺人許可証を持つ丁稚」。
始めは、「ショーン・コネリーが和服着て、頭に十円ハゲつけて、大村崑みたいに出てきて、『へい、わては浪速の諜報員だす』とでも言ったらおもしろいだろーな」ぐらいで始めたのである。やってみると意外に支持者が出て、ゲーム化やマンガ化もされ、シリーズになってしまった。
今回、シリーズ三十年ぶりの復活にあたって、初期の作品があまりにも古びた設定なので、相当な修正を余儀なくされたが、この文庫発刊の後には新作も予定しているので、どうぞよろしくお願いします、なのである。
東郷隆
一九六七年、山形県生まれ。『焔火』で第六回小説現代長編新人賞受賞。二冊目の本書『光る牙』は大藪春彦賞候補となる。元自衛官、期待の大型新人作家