■物語は自分の中に
西川 司
「西川さんは、どんな子供だったんですか?」
八年ほど前のある日、講談社の青い鳥文庫の打ち合わせをしていた時に、担当編集者だった高島恒夫氏が何気なく訊いてきた。
「僕は小学校五年生になるまで、まるで勉強も運動もできない困った子供で、ひまわり学級という、今でいう特別支援学級にいっていたんですよ」
僕が言うと、
「まさか冗談でしょ」
と、高島氏はまるで信じてくれなかった。
「本当ですよ。簡単な算数はもちろん、ひらがなの読み書きも満足にできなかったんだから」
「それがどうしてできるようになったんですか?」
「小学校五年生になるとき、転校することになって、その新しい学校で出会った担任の森田先生という人がすごい先生で、猛特訓してくれたんですよ。そのおかげで、僕は小学校六年生のときには成績はオール5をもらうようになって、卒業式は生徒代表で答辞を読むまでになったんです。あの転校先の学校で、森田先生と出会っていなかったら、僕はどうなっていただろうと思いますよ」
僕がそう言うと、高島氏は目を輝かせて、その森田先生の話をもっと聞かせて欲しいと言うので、僕は自分の子供のころを久しぶりに思い出しながら語った。
すると高島氏は、
「西川さん、今話してくれたことをそのまま書いてみませんか?」
と言い、それで書いたのが『ひまわりのかっちゃん』だった。
そして、本が発売されると、予想をはるかに超えた大きな反響を呼び、僕に子育てや教育について語って欲しいという講演依頼が相次いだのだが、僕がそのとき話せたことは、森田先生がどう僕や同級生たちに接してくれたかというエピソードだけだった。
しかし今、読み返して思うに、森田先生とのエピソードの中にこそ、子育てや教育にとって、とても大切なヒントがあるのではないか。そして今回、『向日葵のかっちゃん』の講談社文庫版が、子育てに不安や悩みを持っている人たちに少しでも役立ってくれることを心から願っている。
西川 司
一九五八年、北海道生まれ。TV、ラジオの脚本構成の他、児童小説、刑事小説など、多ジャンルで活躍。著書に『青春—ひまわりのかっちゃん』『異邦の仔』