もうひとつのあとがき

■人生を変えた一作
早坂吝

 ずっと小説家になりたかった。理由は頭で考えればいくらでも思い付く。本が好きだったからとか、高校の仲間内で文藝部を作ったからとか、初恋の相手が文学少女だったからとか……しかし一番の理由は「書けるから」ということだろう。能力があるなら、それを示す権利と義務がある。そう考えていた。

 だがそんな思惑とは裏腹に、私はなかなかデビューできなかった。十年間で約十回応募したが、一次選考すら一度も通過しなかった。自分には才能がないのだ──と考えたことは不思議なことに一度もない。見る目がない選考員が悪いのだと考えていた。

 しかし結局、必要なのは謙虚さだった。就職してからも落選が続き、このままでは会社に骨を埋めることになってしまうと恐れた私は、一念発起して意識改革を図ることにした。それまでは劣等感から読むのを避けていた新人賞受賞作を読み漁った。小説の書き方講座のようなハウツー本も読んだ。

 その結果分かったのは、私に足りないのは才能というより、読者に対する配慮だということだった。「自分の作品は高尚だから分かる者だけ分かればいい」という意識が先行して、プロ作家にとって最も重要な「なるべく多くの読者を楽しませよう」という気概に欠けていた。そこで新たな応募作は作家性を抑え、分かりやすいエンタメに徹することにした。読者を驚かせる大トリック、タイトル当てという目を惹く要素、冒頭からの〝読者への挑戦状〟……そうしてできたのが本作『○○○○○○○○殺人事件』である。従来の応募作を書き上げた時は「この作品の良さが分かれば選考員は大したものだ」などと考えていたが、本作を書き上げた時は「これは間違いなく受賞した」と確信していた。それをメフィスト賞に応募してから数ヵ月後……。

 その時、私は会社の転勤で故郷を離れ、独り暮らしをしていた。仕事帰りにスーパーで総菜を買っていたところ、携帯が震えた。見ると知らない番号だったが、03から始まっていた。講談社だと直感した。それは正しかった。私はメフィスト賞を受賞した。

 本作は私の人生を変えた一作だ。それが今回文庫化されるということで、とても感慨深いものがある。ぜひご一読ください。

早坂吝

1988年、大阪府生まれ。2014年に『○○○○○○○○殺人事件』で第50回メフィスト賞を受賞しデビュー。新刊は『双蛇密室』(講談社ノベルス)

○○○○○○○○殺人事件
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