■くそビッチなんていわないで
吉川トリコ
どうして一度に二人の男を好きになっちゃいけないんだろう。
主人公のるり子がぽっと胸に浮かべる疑問、これがこの小説を書くきっかけだった。もしかすると私は人より惚れっぽい方なのかもしれない。見目の良い男性と街ですれちがうとふわふわするし、夫とは別につねに「推し」の男性がいる(アイドルや二次元含む)。だってそのほうが楽しいから。
三年前にこの小説を刊行した時、読者からのいちばん大きな反応は「このくそビッチ!」というものだった。恋人の宗介とともに暮らしながら、近所に住む暁生という若者に懸想しているるり子に対しての拒否感がとにかく凄まじかったのをビビッドに記憶している。ふわふわしているうちに三十歳を超えてしまったどこにでもいる女の子のつもりで書いたのに、くそビッチ呼ばわりを食らってほんとうにびっくりした。こんなことはだれにでも起こりうることなのだと思っていたから。程度の差こそあれだれでもやってることなのだと。
ちょうどその年は矢口真里の不倫騒動があり、「くそビッチ!」と怒っている人たちをあちこちで見かけた。男性タレントが不倫をしても、カメラの前で晒し者になり謝罪会見さえしてしまえば、禊は済んだとばかりに次の日からそれまでどおりテレビに出ているのに、三年経ったいまでも矢口真里をテレビで見かけることはほとんどない。
「女は貞淑であれ」というこの強固な倫理観はどこからきてるものなんだろう。まさか戦前の良妻賢母教育……? そう考えるとなんだか愕然としてしまうけれど、「くそビッチ」どころかるり子もまたこの倫理観に縛りつけられている一人である。甘い飴玉のような恋心を弄びながら、るり子は決して一線を超えようとはしない。男との関係は不確かであやふやにしておいたほうがエロティックだということを知っているからでもあるし、なにより恋人を失うことを恐れているからである。
この呪縛から女たちが自由になる時はやってくるのだろうか。完全に解き放たれて「くそビッチ」だらけの世の中になるのもそれはそれで見てみたい気はするが、貞淑な女だろうとくそビッチだろうとどちらの生き方も否定することなく共存できればそれがいちばん理想的だと思う。だからやぐっちゃん早く帰ってきて!
吉川トリコ
1977年愛知県生まれ。2004年「ねむりひめ」で第3回「女による女のためのR―18 文学賞」大賞・読者賞を受賞。著書に『ミドリのミ』、『光の庭』など