■日々には値段がある
益田ミリ
人は、お金のことを考えない日はないのだなぁ。できあがった自分の小説集を読み返し、しみじみと思いました。
十編の物語が収められているのですが、そのほとんどすべてに、お金にまつわることがあります。書いているときに意識していたわけではないのですが、できあがってみれば、そうなっていたのでした。
たとえば、結婚前の若い恋人同士を書いた『二羽の鳥かご』。なりゆきでゴルフの打ちっぱなしに行くようになった主人公・紗智が、専用のグローブとシューズを買います。「デザインがどうこうより安さで選んだ。かわいくないから、身につけるときも味気ない」。そう語っています。
『とびら』では、友達の結婚披露宴に出席した主人公・れいが、円卓に飾られている花を頭の中で値踏みしているし、別れた不倫相手のことを書いた『セックス日和』の主人公は、「今でも、三階の紳士服フロアを通るとき、ちらっと見える特売パンツで高瀬主任を思い出します」と言います。
表題作の『五年前の忘れ物』では、主人公が、昔、片思いしていた男と再会し、飲みに行くことになります。職場の女たちの憧れだった男。都会の夜のバー。なのに、考えることといえば、「お通しに、塩の付いたそら豆が出た。これでいくらくらい取られるんだろう?」なのです。
お金。ないと生きていけません。水一本買うにも、価格を比べて生活しているのですから、お金のことは、自然と物語に出てくることになったのだと思います。
文庫化にあたり、物語の構成を新しく組み替えました。最初に持ってきた『角砂糖の家』は、とくに好きな作品です。家を建てようと決めた夫婦が、住宅展示場に出かけたり、土地探しをしたりする話です。
売り地を見に行ったふたりは、自分たちは何を買おうとしているのだろう、と戸惑います。「土地を買うということは、この土と草と、そこで生きている虫やミミズや微生物や、そういうものすべてを買うということなのだろうか」。地面を手に入れるとはなんなのか。書いているとき、なんだか怖くなったものでした。
本の最後には、主人公が小説から飛び出し漫画に入っていくという仕掛けも考えました。ぜひご覧いただければ嬉しいです。
益田ミリ
1969年大阪府生まれ。イラストレーター。主な著書に、「すーちゃん」「沢村さん家」などのシリーズがある。漫画『お茶の時間』が話題になっている。