もうひとつのあとがき

■希望という名の花片
伊岡瞬

 みなさんは占いがお好きですか。いや、信じますか。

 都合のいいところは信じて、不都合なところは無視する―。それが「占い」との正しいつき合いかたなのかもしれません。

 この物語は、けっして天才的な占い師が快刀乱麻を断つがごとくに難事件を解決したり、迷える子羊を光の地へ導いたりするお話ではありません。

 たしかに、占いの才はあるのですが、人の災難ばかり見立ててしまう商売下手な女性占い師と、せっかく就職した大手出版社を夢を追うために辞めてしまい、日々の生活に追われがちなフリーカメラマンの周囲に起こる、小さな、しかし少しビターな事件と恋の物語です。

 私が描く登場人物は、いつもきまって、いろいろな意味で「傷だらけ」です。

 この主人公ふたりも例外ではありません。とりあえずは、「好きなこと」を仕事にし、条件付きながら才能もあり、見てくれも悪くない―。いわゆる「リア充」にもとれます。しかし、世の中の多くの人とおなじように、それぞれの胸に口には出せない傷をかかえ、それを癒すことにとても不器用に暮らしています。

 心と心がこすれ合うことでしか解決できないトラブルに、彼らは時には望まずして、時には自ら進んで巻き込まれてゆきます。

 自分は無傷のまま他人の傷に触れていいのか、という問題にも直面します。

 この物語に登場する『占い処 七ノ瀬』の門のすぐ脇には、こう書かれた看板が立っています。

《すべてを失っても、まだ希望だけは残されています》

 この言葉を、噓くさい、偽善だ、と侮る人物も登場します。たしかに、それもまた一理あるかもしれません。しかし私も、希望こそがどんな高価な栄養ドリンクよりも人を動かす糧になると信じています。

 この社会で生きてゆくことは、それだけでとても疲れます。桜の花の散るのを見てふっとため息をつきたくなったとき、この物語を手にとってみてください。

 彼らの若さと愚かさに時に腹を立て、時に応援しながら、この物語を最後まで読んでくださった方の胸に、「希望」という名の花びらがひとひら舞い落ちたならば、これ以上の喜びはありません。

五つの謎と一つの恋。
心に沁みる連作短編集

伊岡瞬

2005年、デビュー作『いつか、虹の向こうへ』で第25回横溝正史ミステリ大賞とテレビ東京賞を受賞。他著に『瑠璃の雫』『教室に雨は降らない』『代償』など

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