■意味のある偶然の一致
川瀬七緒
二十歳のころ、澁澤龍彥展にふらりと入ったことがある。渋谷にある百貨店の奥の奥、だれも足を向けそうにない一画は、背丈のある白いパネルで囲まれていた。異常なほど厳重に目隠しが施された、ごく狭いスペースだ。
私の中の澁澤イメージといえば、マルキ・ド・サドの『悪徳の栄え』だったので、おそらく加虐とエロティシズムが全開の催しなのだろうと予測はついていた。そこで初めて、実物の球体関節人形を見ることになる。
書斎を模した手狭な空間には、四谷シモンによる異形の少女人形がいくつか展示されていた。欠損と改造と小児愛が混じり合い、あらゆる倒錯を煮詰めたような世界観には、ひどいうしろめたさがある。しかし甘美だ。私は間違いなく人形に魅せられていたのだが、当時は嫌悪感のほうがわずかに勝っていた。
さて、法医昆虫学捜査官シリーズの二作目、『シンクロニシティ』である。ちなみに法医昆虫学とは、死体に群がるウジの成長や昆虫相から、死亡推定月日などを導き出す学問だ。が、今のところ日本の犯罪捜査に採用される予定はない。
物語は、東京と福島を舞台に三人の視点で進む。岩楯祐也警部補と法医昆虫学者の赤堀涼子、そして田舎に住む風変わりな青年だ。この青年は性倒錯者であり、体温のない無機物にしか情熱を注げない。前述の澁澤展で感じた粘りつくような空気感をもち、社会病質的な危うさももっている。
湿り気を帯びた田舎の「静」と警察捜査の「動」が引き寄せられるわけだが、今回も虫たちはおおいに騒いで赤堀に真実を告げてくる。
ところで、虫嫌いな人にこそ読んでほしい、と方々で語ったことが功を奏したかどうかはわからないが、「虫は大嫌いだが、なぜかウジがかわいらしく思えてきた」という意見をたびたび耳にするようになった。腐乱死体の解剖やウジがのたくる場面は、あいかわらずストレートに書いている。五感を刺激するような描写にも、一切の手抜きはないにもかかわらずだ。
これは、虫を「この子」と親しげに呼んで鷲掴みしてしまう赤堀のおかげなのだろう。はからずも読者と昆虫界との距離を縮めたことに、私は密かににやりとしている。
『シンクロニシティ』刊行から二ヵ月後には、シリーズ四作目となる『メビウスの守護者』を上梓することが決まった。赤堀とともに虫を追いかけてくれる読者の存在を感じながら、私も全力で突っ走っている。
川瀬七緒
一九七〇年福島県生まれ。二〇一一年『よろずのことに気をつけよ』で第五十七回江戸川乱歩賞を受賞。シリーズ三作目は『水底の棘 法医昆虫学捜査官』。