もうひとつのあとがき

■小説を書く二通りの方法
三津田信三

 小説の書き方は、大きく分けると二通りあります。

 一つは、お話の核となるアイデアが先にある場合です。ミステリを例にあげると、最初にメイン・トリックを創出して、そのトリックに相応しい時代や舞台や登場人物などを、あとから考えていく方法です。

 もう一つは、最初に描きたいテーマや時代や舞台や登場人物などの設定があって、それに合ったアイデアやトリックを、あとから考えるやり方です。

 前者はトリックを中心にお話を構築するため、堅牢なミステリを書き上げるには最適です。メイン・トリックに独創性があれば、尚更そう言えます。その反面、トリックの必然性など、どうしても人間心理の面で矛盾(動機の不自然さ)が出てしまいがちです。

 後者は個々の設定が先にくるため、遊戯性の強いミステリによく見られるお話の不自然さが少なく、小説としての完成度が高まります。その反面、物語に合わせてトリックを創出するため、肝心のトリックが小粒になる危険があります。

 本格ミステリ作家の場合、前者の執筆方法を取る人が多い気がします。もちろん同じ作家でも、作品によって書き分けている方もいるでしょうが。

 拙作の長篇も、ほとんどが前者のやり方でした。しかし、この『幽女の如き怨むもの』だけは違いました。たまたま手に取った「かつて遊女だった女性たちの語り」を編集した本を読んで、たちまち「遊廓」という世界と、「遊女」というテーマに魅せられてしまい、「これを書きたい」と強く感じたのがはじまりでした。それが有名な吉原ではなく、地方の遊廓だったことも、僕の琴線に触れたようです。

 遊女の皆さんには申し訳ない表現になってしまいますが、「これほどホラーな世界もないだろう」と驚き、かつ「これほど特殊な環境なら、この世界ならではの論理が成り立つはず」とも考えました。

 と同時に「彼女たちの過酷な体験を後世に伝えなければ」という思いも、実は密に覚えておりました。これまで小説を書いてきて、そんな感慨に囚われたのは、本当にはじめてでした。

 ここで改めて、昔遊女の皆さんに、心より御礼を申し上げたいと思います。

戦前から戦後に跨る遊廓の謎。
刀城言耶第六長編!

幽女の如き怨むもの
幽女の如き怨むもの
定価:本体1150円(税別)

三津田信三

編集者を経て『忌館 ホラー作家の棲む家』で二〇〇一年デビュー。『厭魅の如き憑くもの』に始まる〝刀城言耶〟シリーズなどホラー・ミステリ作品多数

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