もうひとつのあとがき

■僕らは脳に騙されている
山本弘

「僕らはみんな自分の脳に騙されている」

 これがこの小説のテーマです。

 あなたは常に「現実を見ている」と思いこんでいるかもしれません。でも、あなたが「見た」と思っている「現実」は、脳が編集した幻覚にすぎないんです。この本の第一話「黄金仮面は笑う」で紹介した「見えないゴリラ」の実験は、それを如実に示しています。着ぐるみのゴリラがモニター上を十秒間もかけてゆっくりと横切ったのに、モニターを注視していた人の約半数がそれを見落とします。脳は僕たちに偽りの映像を見せたり、そこに存在しているものを見えなくさせたりしているのです。

 また、僕たちの意識というのは、脳の作用のごく一部にすぎません。無意識は意識をはるかに上回る驚くべき能力を有しています。壮大な架空世界を意識することなく創造することができるのです。第三話「世界は夏の朝に終わる」で紹介した〝宇宙を駆ける男〟カーク・アレンのように。

 この小説の主人公は十五歳の少年・高根沢光輝。彼は後頭部を強打したことがきっかけで視力を失います。でも、彼の脳は本物の世界と見分けのつかない映像をリアルタイムで構築し、彼に見せ続けています。光輝は時として驚くべき現象を目にします。黄金仮面の怪人の襲撃。壁に消える少女。世界の滅亡……いったい現実には何が起きているのでしょうか?

 今回の文庫化で個人的にとても嬉しかったのは、敬愛する辻真先さんに解説を書いていただけたことです。辻さんの『アリスの国の殺人』は僕のフェイバリットの一冊です。現実の殺人事件と並行して、主人公の見る夢の中のファンタジー世界でも殺人が起き、それがちゃんと夢の中の論理で解明されるのには舌を巻いたものです。

 この『僕の光輝く世界』の第四話「幽霊はわらべ歌をささやく」は、その『アリスの国の殺人』に影響を受けています。光輝の読んでいるミステリの中で、わらべ歌に見立てた連続殺人が起き、それが彼の周囲で現実に起きた殺人事件とリンクしています。光輝は現実と架空世界の両方で、同時に謎を解かなくてはならないのです。

 最大の謎は、夜のエレベーターの中で遭遇した美少女の幽霊がわらべ歌を歌う場面―このシチュエーションにぞくぞくきた方なら、絶対におすすめです。

見えないのに視える!? 
前代未聞、想像力探偵誕生!

山本弘

1956年生まれ。2011年『去年はいい年になるだろう』で星雲賞日本長編部門を受賞。本作は第15回本格ミステリ大賞小説部門で会員総投票数第2位

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