■〝疑惑〟を晴らした一冊
高野秀行
私のモットーは「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをし、それを面白おかしく書く」というものだ。具体的には、アジア、アフリカの辺境地へ行き、未確認の動物を探したり謎の民族を調べたりしてきた。
しかしこのモットーが災いすることもある。経費がかかるとか、一般読者にアピールしないため本が売れないとか、「登場人物や地名が覚えられない」などと読者から苦情を受ける。でもそれはまだいい。謂われのない〝疑惑〟にさらされるのがいちばんムカつく。
「あいつは話を作ってるんじゃないか」「この話はどこまで本当なんですか」などとネットのレビューに書かれたり、ときには面と向かって言われたりするのだ。
なぜか。それは私が出くわす人や出来事が面白すぎるからだという。しかも場所は一般日本人が行けないところばかり。もし私が嘘をついていたとしても、バレる気遣いはまずない?というのが〝疑惑〟を生む温床となっている。
その疑惑を一掃せんとばかりに挑んだのが本書だ。ここでは舞台が日本である。取材する相手も、私が特別なコネで知り合った特殊な人ではなく、ごく普通に暮らしている在日外国人の人々。地名も個人名も明記するから嘘をついたり話を大げさにしたりしたらすぐにバレてしまう。
それでも面白い話が書ければ、謂われのない疑惑も晴れるというものだが、実際始まる前は私自身、戦々恐々としていた。ほんとうに面白い人や出来事に出会えるのか自信がなかったのだ。下手をすると、疑惑を深めるだけになるんじゃないか……。
しかし杞憂だった。取材する度に毎回、心底驚かされたのだ。だって、東京中華学校の「園遊会」が屋台街になっていたり、ロシア美女が正月明けにクリスマスを祝ってウォッカをがぶ飲みしていたり、ゴーヤチャンプルーとブラジル料理を同時に食べる沖縄系ブラジル人のコミュニティが横浜市鶴見区に存在したり、東日本大震災の被災地である南三陸町ではフィリピン女性が現地で最強のアワビとり名人だったりするのだ。
私が話を作っているのではない。私たちの住むこの世界が面白すぎるのだ。それでも信じられないという方は、本書を読んで、自分で確かめに行ってほしいと思う。
高野秀行
一九六六年生まれ。早稲田大学探検部在籍中に書いた『幻獣ムベンベを追え』でデビュー。『謎の独立国家ソマリランド』で講談社ノンフィクション賞を受賞