■After Hours
阿部和重
二〇〇九年の講談社創業一〇〇周年に際し「書き下ろし100冊」企画が立ち上げられ、その前後三年ほど記念書籍の出版がつづいた。拙著『クエーサーと13番目の柱』は、もともとは当企画の一作として刊行されるはずだったのだが、事業期間内での完成が間に合わず、雑誌掲載を経て二〇一二年の七月に単行本化された。
企画から脱落はしたが、講談社創業一〇〇周年が執筆の原点だったことは、作品の構想に深く関わっている。依頼を受け、最初に決めたのは、講談社の社員が主人公の話を書くことだったからだ。構想を練るうちに、「講談社の社員」は「『フライデー』の記者」となり、完成稿では「元社員」の「パパラッチ」として作中に登場している。
社を挙げての企画という大義名分を盾にして、実際の「フライデー」記者の方たちに取材させてもらったが、あまりにも具体的かつ刺激に満ちた裏話ばかりであったため、それらを直接に盛り込むのはかえってためらわれた。そのときにうかがった諸々の逸話をまとめるだけでも、じつにスリリングなエンタメ小説ができあがるだろう。
特に参考になったのは、様々な機材や知恵を駆使して実施される張り込みの緊迫した状況はもちろん、ときおり同業他社との間で演じられるスクープ競争をめぐる内幕など、日夜街中でくりひろげられている情報戦の実態である。当然そこではスピードが命となり、ライバルを出し抜くために種々のテクニックが活用されている、らしい。
そうした緊迫感やスピード感、あるいは東京という都市のストリート感をクリアに描き出すことが、大きな課題のひとつとなった。そのために本作で試みたのは、パパラッチチームが扱う多種の機材の名称や商品名、または都内の地名などをいちいち説明せずに随所にちりばめることだった。説明を省くのは、速度重視の演出であり、固有名の列挙は、記号の具体性や実在性から臨場感につなげる狙いだ。
同様の意図から、全体の文章を可能なかぎり現在形で構成し、内面や風景描写や比喩もほとんど省いた。結果的に、作中人物たち自身の行動がパパラッチに監視・記録されたものであるかのように見える文章になっていれば、作者にとっては成功なのだが―その点はじかに目を通して確認してみてほしい。
阿部和重
一九六八年生まれ。『アメリカの夜』で群像新人文学賞を受賞し、デビュー。伊坂幸太郎氏との共作『キャプテンサンダーボルト』は出版界の話題をさらった。