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〈水鏡瑞希が満点の〉「判断推理」って何?津田秀樹(試験研究家)

 水鏡瑞希は、公務員試験の「判断推理」で満点を記録しています。

 判断推理というのは、公務員試験の科目名です。すべての公務員試験には、必ず判断推理が出てきます。警察官や消防官の試験にも出てきます。これが解けないと、合格は困難です。

 ところが、いちばん戸惑う人が多いのも、判断推理です。学校では習いませんし、どう解いたらいいのか、初めて見ると途方に暮れてしまいます。

 判断推理、数的推理、資料解釈の3科目は「数的処理」と呼ばれていて、見た目が数学的な問題なので、文系の人はとくに苦手意識を持ってしまいがちです。でも、じつは数学の問題ではありません。必要とされる数学の知識も中学生レベルくらいで、それも便宜上用いられているにすぎません。実際には、推理パズルのような問題です。

 数的推理は数の計算などがあっていちばん数学に近く、資料解釈は表やグラフの読み取りで、判断推理が最もパズル的です。試験でなければ、判断推理はけっこう楽しいパズルだと思います。

 なぜ公務員試験で推理パズルが出題されるのか? それは『水鏡推理』の中でも説明されているように、「推理とは、すでに判明している事柄に基づき、思考の筋道をたどり、未知の要素を推し量ること」だからです。そういうきちんとした論理的思考ができるかどうかを試しているのです。

 たとえば、こんな問題が出されます。

「7枚の金貨のうち、1枚だけ他より軽いニセモノが混じっています。てんびんを何回使えば、ニセモノを確実に特定できますか?」

 公務員になっても、てんびんでニセ金貨を見つけるなんて仕事はありません。ですから、「こんなことを勉強しても、実際の仕事では何の役にも立たない」と思われがちです。しかし、ジムでバーベルを上げたり下げたりしても、そのこと自体に意味はありませんが、それによってつく筋肉には意味があります。判断推理も同じで、問題自体は非日常的でも、解くのに必要な論理的思考力は、公務員に欠かせないものです。

 公務員試験は制限時間が短いので、判断推理の問題もかなり速く解かなければなりません。ゆっくり考えれば論理的に考えられる人でも、時間が短いと、混乱してしまいがちです。ゆっくりなら積み木をきちんと積み上げるのは簡単ですが、あせると雑な積み方になってしまうように。急いでも、なおかつきちんと考えられる人を、公務員試験は求めているのです。そういう能力が、公務員の仕事の上でいかに大切かは、『水鏡推理』を読んでいただければと思います。

 なお、本文中に「判断推理には解き明かすパターンがあって、練習問題を積み重ねることでやり方が身につくものだとわかった」とあります。これはまったくその通りです。

 ただ、じゃあパターンさえ知っていれば簡単に解けるのかというと、そうはいきません。なぜなら、問題には必ず落とし穴やひっかけがしかけられているからです。ミステリーで言えば、ミスリードがしかけられているのです。そのせいで別の答えを出してしまうと、ちゃんと選択肢の中にその誤った答えも用意されています。そうやって、パターンを暗記しただけの人を、ふるいにかけているのです。

 今回の『水鏡推理』も、全体をひとつの判断推理の文章題(文章の形式になっている問題)と見なすことができるかもしれません。では、判断推理が専門の私が、見事にこの文章題を解けたかというと……。すべての情報はちゃんと提示されているのに、「それらがこんなふうにつながってくるとは!」と、最後になるまでわかりませんでした。解答を見れば、ああなるほどとすべて納得がいくのに、解答を見るまではわからない。それが良質な判断推理というものですが、推理小説もまた同じでしょう。

 最後に。本文中に「あなたのように考えてくださるかたが文科省にいて、嬉しく思っております」という言葉が出てきます。水鏡瑞希に向けられたものです。私もまったく同感で、水鏡瑞希のような公務員が増えてくれることを心から願っています。

津田秀樹プロフィール

公務員試験、就職適性検査、センター試験、心理テストなど、さまざまなテストの裏側を知りつくす、テストのエキスパート。著書に『公務員試験 畑中敦子×津田秀樹の「判断推理」勝者の解き方 敗者の落とし穴 NEO』などがある。

本文中問題の答え〈2回〉
解き方 7枚の金貨を、3枚・3枚・1枚に分けて、3枚と3枚をてんびんにのせます。釣り合えば、残った1枚がニセ金貨。どちらかに傾けば、軽いほうの3枚の中にニセ金貨があります。3枚のうち、2枚をてんびんにかけます。釣り合えば、残った1枚がニセ金貨。どちらかに傾けば、軽いほうがニセ金貨。つまり、答えは「2回」です。
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