公務員の佐藤は家を建てたし、息子も立派に育った。でも、結婚生活20年目にして妻が浮気をしている。そんな中、勤め先の役所に、中学生のとき憧れていた田村和歌子が相談に訪れて……。――「エフの壁」
保育士の媛谷もえぎは、半年前から落語家・春風亭星也に夢中。クレーマーの保護者から理不尽に怒鳴られても、若い保育士に陰口を叩かれても、星也と結婚する日を夢見ていれば、何も怖くなんかない。――「もえぎの恋」
中学校教師の野瀬は元教え子の妻から、家でも「先生」と呼ばれている。ある日の帰り道、卒業生の美和子に鉄パイプで襲われ負傷した。野瀬は女子生徒に恋愛感情を抱かせてしまう自分に思い悩むが……。――「かみふぶきの空」
「しょっぱい」は味のしょっぱい以外に、ちょっとイケてないとか、少しイタいという意味もあります。本人は精いっぱい、正直にやっているのに、そうなってしまう状態ではないかと思います。沈む夕陽に自分を重ね涙がにじむのも、日差しに耐えて頑張って生きてきたからでしょう。
48歳は、誰しも立ち止まる年齢のようです。人生の折り返しをいつの間にか過ぎていたことを、肉体の衰えで知るのです。歩いてきた道はこの道で、目指す山はこの山で本当に良かったのか。もう下り道しか残っていないのかと、立ちすくむような年齢。 今回書いた『しょっぱい夕陽』は、最初、実体験をもとに書き始めました。途中から登場人物たちが勝手に動いて語ってくれたので、私は彼らの声を忠実に聞きとることに努めました。だから、校正のために読み返しても自分の作品とは思えず、彼らの健気さにぐっときて何度も涙が出ました。スタバの大きなテーブルで、自分の小説に嗚咽をもらす、しょっぱいオバさんになってしまいました。切なくて笑ってしまうお話です。
神田 茜(かんだ・あかね)
北海道帯広市生まれ。
1985年に講談師の二代目神田山陽門下に入門、95年に真打に昇進。
2010年に『女子芸人』で第6回新潮エンターテインメント大賞受賞。
著書に『好きなひと』『ふたり』『ぼくの守る星』『オレンジシルク』などがある。
中年になれば、いろいろな経験を積んでラクになっているかと若い頃は思っていたのに、実はそうではない。それでもしぶとく生きていけるのが中年だし、なんとか生きていけるのが世間だということがしっかり描かれていて、きちんと救われるのがよかったです。元気な時には背中を押してくれるし、元気が出ないときはそっと肩を抱いてくれるような、そんな話が納められています。中年には応援歌として、若者には人生の教科書として勧めます。
何だか不思議と勇気が湧いてくる。神田さんの描く主人公たちはみんな強く、前を向いてしっかりと人生を歩んでいる。物語は、ちょっぴり苦く感じたけれど、苦くなんかない。そう、しょっぱいがぴったりだ。
2014年下半期ベストです。しょっぱさ全開。人生これでよかったのか、よかったんだろうな、と繰り返し思いながら進んでいくのが40代。同世代として涙無しには読めない一冊でした。丸ごと一冊、心の戦友にします。
人生の半分以上を経て願望と諦観が相半ばする悲哀と、そのなかで見つけた小さな幸せを希望に変えて明日に向かって生きる主人公たちに、今の自分を重ねてしまった。わたしは来月で50歳になる。自分と同じ普通の人たちが、何故か逞しく、ちょっと素敵に見えてくる。
48歳年女・年男だなんて私にとってはたったの1歳差!ドンピシャの物語ばかりでした。老人というにはまだ若い、でも20、30代のように弾けるには確かにしょっぱい年齢。そんな切なさや諦めに似た感情を露わにしながらも逞しく生きてゆく男女の様子に、とても励まされました。
奇跡が起きるわけではない。ドラマチックにハッピーエンドを迎えるわけでもない。そこがいい。しょっぱくても顔を上げ、前に進みだす。これまでを抱えて、これからに向かって。そんな48歳の姿に、少しの勇気を分けてもらった気がする。侮りがたし、48歳。
年齢も職業もそれぞれ違う主人公だけれど、誰もがどことなく自分に似ているような気がしました。頑張っているつもりなのに、なかなかうまくいかない。決して悪気はないのに、残念な境遇に立たされてしまう主人公たち。見ていてくれる人がいて、助けてくれる人がいて、いい出会いがある。そして、本人が何かに気付き始めることが出来る。大変だったけれど、なんとかなりそうだね、と微笑ましく読み終えました。
どのお話も、年齢的に近いせいか「わかる。わかるわぁ~」という感じ。特に、「肉巻きの力」と「もえぎの恋」。同じ女性だからか、内田ママと媛谷さんには共感しちゃいます。「脳内妄想疑似恋愛」は40代女にとって、コラーゲンよりも効くんです!
20年後の自分の人生を見ているかのような作品だと思いました。とても他人事には思えない作品ばかりで、どうしたらよい方向に進んでいけるのかと読みながら思いました。一番気に入った作品は「肉巻きの力」です。母にはいろいろなライバルが存在するという現実を突きつけられた気がしました。
全編通して、大成功でも大出世でもない、人間、明日を生きる光はほんの小さな言葉や笑顔なんだ、と再認識させられる内容でした。読み終えると、「そうか、おまえもつらかったんだな。でもさ、明日も頑張ろうよ」なんて声をかける友人が5人増えたような、そんな短編集でした。
50歳を少し先に見据えて、人生のいろんなことがわかったような気持ちになってきて、それでいてどこか若いつもりで、でも若者からは確実に年配扱いされる、そんな微妙な世代に焦点を当てた作品はどれも泣きそうなくらい心に残りました。
だから生きることはやめられない。1話読み終わるごとにその思いを強くした。何度も読み返して、何度も何度も元気になった。人に優しくなれない時、人が信じられなくなった時、絶対に裏切らない1冊。今年…というより、ここ数年の記憶の中でいちばんの本です。
どれもが愛おしくてたまらない作品です。いずれも主人公はどこか不格好で要領が悪く、ちょっと格好悪い。憧れの対象にはなりえない人物ばかりです。だけど…ここが肝心なのですが…自分かもしれない、と思わされる。わかるわかる、という部分がどこかに描かれていて、それが絶妙な筆加減なものだから、立場も年齢も性別すら違っていたって、自分の分身を見るように応援してしまうのです。ちょっと歯痒いような気持ちも抱きつつ。
主人公たちと同世代に属する私は、彼らのとる行動、思いにとても共感できた。ストーリーもひねりが効いたもので、そういう結末になるのかという驚きとともに、ある種の爽快感を味わうことができる。人生の残された時間がだんだん少なくなってきていることを意識し始める年代。私たちはだからこそ過去を振り返り、その愛おしい日々を大切に思いながら、今を懸命に生きようとしているのだ。このことを改めて痛感させてくれる。
ストーリーのあちこちに、同世代の私には「ある、ある」とうなずけることが、たくさんちりばめられている。この年にならないとわからない、人とのふれあいの良さや社会のやるせなさが、ほんわかと描かれている。思わず吹き出しつつ、主人公たちにとにかくエールを送りたくなる。といって、ただ面白いだけでは終わらない。子育てのこと、仕事のこと、夫婦のこと……今の世の中の社会問題もしっかり織り込まれている。
同世代を描いた物語で、大いに頷きながら読み進めました。女性を描いた二作「肉巻きの力」と「もえぎの恋」は秀逸。二年後には作中の登場人物と同じ年齢になる同級生たちに読ませ、誰が“カピバラハゲ”なのか、誰が“もえぎ”なのか、酒を呑みながら話してみたくなりました。
どの作品にもリアルに人生が描き出されており、切なさが漂う。そして、ほどよく小さな笑いで包み込む。心憎いほどの筆運びである。まるで、憎めない男や女たちが繰り広げる人生劇場の一幕を観ているようである。淡々とページをめくるうちに、共感できる場面に出逢う。思わず「だよねー!」と言っている自分にハッとなる。
この本を読んで、なぜだか少し救われた気がした。無様に悩みあがき続ける、私と同世代の彼らは、等身大でリアルだった。だからこそ、「大人になっても完璧じゃなくていいんだよ」と、大人なのに小さいことでいつまでも悩む私を肯定してくれたような気がしたのだ。
私自身50歳をちょっと超えた男性です。学生時代は遙か過去になりましたが、当時から目立たず存在感のない男でした。ですから「エフの壁」を読んで涙が出ましたよ。私も高校を卒業してそのまま公務員に…。同窓会にも出席せず、同窓生に会うこともありません。でも「エフの壁」のように、仲の良かった友人だけでも連絡を取って昔話でもしようかな、と思いました。
ほぼ同世代の私としては、「そうそう、こう言っちゃうよね」とか「あぁ、そうやっちゃダメなんだってば」とか、かなり感情移入しながら読みました。48歳というのは、今までの人生の中でハッピーなこともグレーなことも経験していて、若い人のように手放しに楽しむことはできない年齢だと思います。来月早々、手術で入院する友達がいますが、あまり励ますのもわざとらしいし、「人生いろいろ」と言いながら、この本をプレゼントしたいと思いました。