デビュー翌年に書いた短編「オムライス」に登場する刑事・夏目信人を主人公にした連作短編集で、四作目の『悪党』から約二年ぶりに刊行した作品です。
その間いったい何をやっていたのだと思われがちですが、実は四本の長編連載を抱え、夏目シリーズや他の短編も書いていたのです。忙しすぎて本も出せず、読者の反応も得られず、出口の見えないトンネルをひたすら進んでいるような何とも息苦しい二年間でした。
やはり原稿を書くだけではなく、定期的に本として作品を発表していかなければならないのだと痛感しました。
そういうわけで、この作品を出せたときの感慨はひとしおでした。
実は雑誌に掲載した短編のうち、「償い」という作品だけ本には収めませんでした。他の作品とかなりトーンが違うということで収録を見合わせたのですが、光文社刊の『現場に臨め』というアンソロジーに収められていますので、夏目ファンのかたはぜひご覧ください。
ここだけの話をもうひとつ、実はぼくが出した十五作の中で単行本の売り上げが一番よくないんです(笑)。
その作品がシリーズになり、ドラマ化され、今の自分にとってとても大切な存在になっているのは何とも不思議な話です。
『刑事のまなざし』を刊行してしばらく、続編は考えていませんでした。主人公である夏目が抱えている問題に、ひとつケリをつけたという思いがあったからかもしれません。
ただ、読者のかたがたから感想をいただくにつれ、ふたたび夏目を主人公にして作品を書きたいという思いに駆られるようになりました。今までのぼくの作品ではキャラクターについての感想はほとんどなかったのですが、『刑事のまなざし』では夏目という人物についての感想が多かったのです。それがとても嬉しかったので、長編と短編を同時に進行することにしました。
こちらの長編でとにかく考えたのは、夏目以上に存在感のあるキャラクターを出そうということでした。そうして誕生したのが、夏目と相対する切れ者の検事の志藤です。
この作品について、「夏目の出番が少ない」「志藤が主人公みたいだ」という感想をよく目にしますが、それはそれでぼくの狙いでもあります。ただ最後までお読みいただければ、主人公は紛れもなく夏目だと、感じていただけるのではないでしょうか。
『その鏡は噓をつく』と同時に夏目の短編を書き進めているときに、『刑事のまなざし』の連続ドラマ化が決まりました。
先にも述べましたが、ぼくは映画やドラマが好きなので、自分が作った夏目というキャラクターが(しかも夏目役はぼくの大好きな椎名桔平さん)毎週テレビに登場することにものすごく興奮しました。
ドラマでは原作にはないオリジナルキャラクターが出てくるのですが、新たな長編と短編集ではそれらのキャラクターも登場させることにしました。
ここに収録されている「不惑」は、近年の乱歩賞受賞者が競作したアンソロジー『デッド・オア・アライヴ』のために書き下ろしたものです。こういった形のアンソロジーに携わるのは初めてなうえ、同じ受賞者同士の競作なので、かなりメラメラしながら挑みました。楽しい経験でした。
表題作である「刑事の約束」は、自分が今までに書いてきた短編(中編)の中で最も悩んだ作品です。
大きな希望と大きな絶望を同時に抱えることになった夏目がこれからどう生きていくのか。
作者として、これから責任を持って夏目とともに歩んでいかなければならないのだと、覚悟しながら書いた一編です。