特別企画
最新作『警視の因縁』刊行記念

二十年以上にわたって、読者をひきつける「警視シリーズ」。待望の最新作が今月刊行されました。デボラ・クロンビー女史が、英国を舞台に紡ぎだす社会派ミステリー。その魅力はどこにあるのか? 未読のあなたに贈る「捜査資料」がこちらです。シリーズ全巻を翻訳した西田佳子さんに、秘密を明かしてもらいましょう。

西田佳子(にしだ・よしこ)
翻訳家。名古屋市生まれ。東京外国語大学英米語学科卒業。主な訳書に『警視シリーズ』のほか、『赤毛のアン』(西村書店)『テラプト先生がいるから』(静山社)『わたしはマララ─教育のために立ち上がり、タリバンに撃たれた少女』(金原瑞人と共訳・学研パブリッシング)などがある。法政大学・神奈川工科大学で、非常勤講師も務める。


Text by Yoshiko Nishida

シリーズ誕生から二十一年

 第一作『警視の休暇』(原題 A Share in Death)が出てから二十年あまり。このたび、「警視キンケイドシリーズ」十三作目の『警視の因縁』(Necessary as Blood)が出版される。

 作者のデボラ・クロンビーはアメリカ在住のアメリカ人でありながら、イギリスを舞台にした本シリーズの執筆を続けている。彼女の描くイギリスの魅力的なこと! ロンドンの街中や郊外の風景の描写は、詳細で写実的。そのまま旅行のガイドブックにも使えそうだ。また、『警視の休暇』『警視の予感』『警視の覚悟』といった作品では、主人公たちがロンドンから離れた地方の町や村で活躍する。こうした作品で描かれる景色は絵のように美しく、幻想的でさえある。年に何度もイギリスへ旅行するというクロンビーの「イギリス愛」が伝わってくる。


タイトルFAQ

 ところで、本シリーズの読者によく尋ねられることがある。「訳書のタイトルは原書のタイトル、あるいは内容と関係があるんですか」というもの。答えは……「少しはあります」とでもしておこうか。六作目の『警視の接吻』は、原書タイトルがKissed a Sad Goodbyeだし、ほかのものも、内容をあらわすキーワードを採用しているものが多い。

 また、すべて『警視の……』となっている点についても、「どうして警視? シリーズの主人公はどっちかというとジェマなのに」ときかれることがある。答えは「一作目の主人公がキンケイド警視だったから」。一作目『警視の休暇』は、ダンカン・キンケイド警視が休暇をとってヨークシャーのリゾートホテルに出かけ、そこで殺人事件に遭遇するというものだった。ジェマ・ジェイムズ巡査部長は物語の後半になってダンカンに呼ばれ、捜査の手助けをする。このときは脇役だったジェマが、シリーズが進むごとにだんだん前面に出てきて、いまではシリーズの主役のようになってしまったのだ。


はじまりは、オフィスラブ

 ここで、ダンカンとジェマの関係についておさらいしておこう。

 ダンカンとジェマはもともと、スコットランドヤード(ロンドン警視庁)で働く刑事で、直属の上司と部下の関係だった。たがいを異性として意識するようになり、とうとう一夜を共にする。おもしろいのはそのあとのふたりの態度のちがいだ。ダンカンは新しい恋人ができてうきうきしているのに、ジェマは正反対。軽はずみなことをしてしまった、自分のキャリアはどうなるんだろう、と落ち込んでいる。気で楽天家で女性に弱いダンカンと、現実的でまじめで理屈っぽいジェマは、小さな衝突を繰り返しながらも、引き続き愛情を育んでいく。

 ジェマはバツイチで、トビーという小さな男の子を持つシングルマザーでもある。さいわい、住まいの大家であるキャヴェンディシュ夫妻にも小さな女の子がいて、その遊び相手でもあるトビーを預かってくれるおかげで、ジェマは不規則になりがちな仕事をこなすことができた。

 ダンカンもバツイチ。子どもはいない……はずだったが、五作目『警視の死角』で思わぬ事実が発覚する。ダンカンの別れた妻ヴィクトリアが殺害された。事件を捜査するうち、遺されたキットという男の子が、ヴィクトリアの現在の夫イアンの子ではなく、ダンカンの子だとわかったのだ。イアンは、面倒はごめんとばかりに、さっさと外国へ逃げてしまったし、親権にもこだわらなかった。しかしヴィクトリアの母親が厄介だった。孫のキットに厳しく当たるばかりで、とても愛しているとは思えないのに、親権争いから一歩も引こうとしない。結局、裁判でダンカンが親権を得た。気楽な独身生活を楽しんでいたダンカンが、いきなりシングルファーザーになったのだ。

 そして、ダンカンとジェマはそれぞれの子どもを連れて同居をはじめるが、その矢先、ジェマは仕事の忙しさのために流産してしまう。ジェマの周囲にも不幸があった。大家だったキャヴェンディシュ夫妻が離婚の危機を迎える。妻のヘイゼルが浮気をしたせいだ。ヘイゼルは夫のティムに娘のホリーをまかせ、スコットランドでウィスキー蒸留所を営む実家に帰っていった。最新作で、ヘイゼルはロンドンに帰ってくるのだが、ジェマとの友情は復活するだろうか。

ふたりをとりまく人々

 このほかにも、魅力的な人物がいろいろ登場する。ジェマとダンカンの留守中にキットとトビーの面倒をみてくれるウェズリーと、その母親ベティ。カリブからの移民で、明るくて鷹揚な人柄がジェマたちをいつもなごませている。

 七作目の『警視の予感』で、女神信仰についてジェマが教えを請うたエリカ・ローゼンタール博士は、ダンカンとジェマの家の近くに住んでいて、十二作目の『警視の偽装』では殺人事件に巻きこまれる。ジェマたちのよき相談相手でもある。

 同じく七作目に登場するダンカンのいとこのジャックと、国教会の司祭をつとめる恋人のウィニーも、なにかにつけてジェマが名前を口にする人物だ。ふたりはその後結婚して、いまはウィニーが妊娠中。

 なお、残念ながら、シリーズのはじめのほうの作品は品切れになってしまっている。といっても、ミステリとしては各作品で独立した物語になっているので、シリーズの途中からでも、あるいは今回刊行される最新作だけ読んでもじゅうぶん楽しめるはず。そのときは、この解説を参考にしていただきたい。


最新作のみどころ

 最後に、最新作『警視の因縁』について。

 クロンビーの作品の魅力は、人物描写の緻密さと、ストーリーの骨太さにあると思う。作品を重ねるごとに濃くなってきた社会派ミステリの色合いが、前作からとくに際立っている。

 最新作でとりあげているのは、現代イギリスが抱える移民の問題だ。イギリスで商魂たくましく生きる移民もいれば、偏見やいやがらせに苦しむ移民もいる。そもそも不本意な形でイギリスにやってきた、弱い立場の人々もいる。その中には、女だからという理由で自由や意思を奪われ、人間としての尊厳を踏みにじられる人々も。それは、なかなか光を当てられることのない、社会の闇の部分ともいえるだろう。ジェマの温かい視線を通して、読者もその闇に目を向けることになる。


 そして、この作品で注目したいのはやはり、ジェマとダンカンの関係だ。前作『警視の偽装』のラストで、ジェマはダンカンにプロポーズをした。〝あと一歩〟が踏みだせずにいた同棲カップルにとって、これが大きな転機になるはずだったが……。

 自分の描いた理想や周囲の人々のしがらみに縛られて、なかなか自由になれないジェマ。それにくらべて、いつものほほんとしているダンカン。シリーズの前半では、優柔不断で美女に弱いダンカンにいらいらさせられることも多かったが、このところのダンカンはちょっとちがう。些細なことで揺れ動くジェマを静かにみつめて、広い心で受け止めている。気がつくと、最後はいつも、ジェマの思うとおりになっているのだ。

 ふたりが結婚したら、きっといい夫婦になるだろう。ダンカンがジェマの尻に敷かれることは間違いないけれど。




シリーズの途中から読み始めても、スンナリ溶け込めるのがクロンビー作品の大きな特長! とはいえ、人間関係がわかれば面白さも倍増します。ここでは、作品ごとに変わりゆく二人の関係を中心に、各巻をご紹介します。(編集部編)

スコットランドヤード(ロンドン警視庁)のエリート警視ダンカン・キンケイドと、
女性巡査部長ジェマ・ジェイムズ。バツイチのふたりが、運命の出会いを果たす!

[1]警視の休暇(A Share in Death)
発売日:1994年3月15日
ダンカンが休暇中に出くわした殺人事件。捜査の過程で、彼は部下のジェマに協力を要請する。いくつもの困難を乗り越えて、事件は無事解決。二人は祝杯をあげる。

[2]警視の隣人(All Shall be Well)
発売日:1995年2月15日
病死と判断された同じマンションの女性について、ダンカンがジェマに相談をもちかけ、息子のトビーともども自宅に招く。ジェマの私生活が明らかに。

[3]警視の秘密(Leave The Grave Green)
発売日:1996年2月15日
ダンカンとジェマ、上司と部下でありつつも互いにひかれあう。捜査の途中では様々な行き違いや誤解も生じたが、気の合う二人はついに一夜をともにする。

[4]警視の愛人(Mourn Not Your Dead)
発売日:1997年7月15日
男女関係を持ったことを心から後悔し、辞職を願い出たジェマ。そんなジェマへの思慕を確信したダンカン。「仕事と恋」の両立に悩む二人の行く末は──。

[5]警視の死角(Dreaming of the Bones)
発売日:1999年1月15日
ジェマ&トビーとの新生活を築きつつあるダンカン。そんな折、前妻ヴィクトリアから連絡がきた。才色兼備の彼女は、高名な詩人の死に疑問を抱いているという。

[6]警視の接吻(Kissed a Sad Goodbye)
発売日:2001年6月15日
「前妻ヴィクトリアと再婚相手の息子」だと思い込んでいたキットが、実はダンカンの血を引いていたことが判明。ダンカンは突然11歳の少年の父親になる……。

[7]警視の予感(A Finer End)
発売日:2003年11月15日
定価:本体819円(税別・以下同)
野心あふれるジェマが巡査部長から警部補に昇進、ノティング・ヒル署への転勤を命ぜられる。立場も変わり、ダンカンとの名コンビは解消か? その頃ジェマのお腹には……。
>>講談社文庫「[7]警視の予感(A Finer End)」

[8]警視の不信(And Justice There is None)
発売日:2005年9月15日
定価:本体990円 妊娠5ヵ月のジェマが、警部補として指揮を執る妊婦殺人事件。しかし、負担が大き過ぎたのか。ダンカンとの新生活に心をときめかせていた矢先、悲しい現実に直面する。
>>講談社文庫「[8]警視の不信(And Justice There is None)」

[9]警視の週末(Now May You Weep)
発売日:2007年7月13日
定価:本体990円
友人ヘイゼルの「不倫」に困惑するジェマ。一方ダンカンは、実母を亡くし養父に去られたキットを引き取ろうとする。が、前妻の母ユージニアから親権争いで起訴され、暗礁に。
>>講談社文庫「[9]警視の週末(Now May You Weep)」

[10]警視の孤独(In a Dark House)
発売日:2010年2月13日
定価:本体1086円
連続放火と女性の行方不明事件が発生。キットの親権争いも未決着で、事件は家族の悲しい姿を映し出す。ダンカンとジェマは、自分たちの「家族」について考えさせられる。
>>講談社文庫「[10]警視の孤独(In a Dark House)」

[11]警視の覚悟(Water Like Stone)
発売日:2010年10月15日
定価:本体1086円
キットの親権を獲得したダンカン家は、ジェマ、キット、トビーが揃い、ようやく一つにまとまった。しかし、里帰り先で事件が発生。キットがいとこのラリーに恋心を抱くも、暗雲が。
>>講談社文庫「[11]警視の覚悟(Water Like Stone)」

[12]警視の偽装(Where Memories Lie)
発売日:2012年11月15日
定価:本体1000円
友人エリカからの頼まれごとが殺人事件につながった! ジェマは母親の発病に直面しつつ、ダンカンの力を借りて捜査に向き合う。仕事のようには進展しない二人の仲。今後どうなる?
>>講談社文庫「[12]警視の偽装(Where Memories Lie)」

[13]警視の因縁(Necessary as Blood)
発売日:2015年6月12日
定価:本体1100円
ダンカンとジェマの結婚問題、ついに決着!?
>>講談社文庫「[13]警視の因縁(Necessary as Blood)」