佐藤さとる×有川浩 対談

佐藤さとる×有川浩 写真
有川
初めまして、有川浩です。
佐藤
こんにちは。あなたの作品読んでますよ。作品の幅の広さったらないね。これは意識しているの? 『海の底』と『図書館戦争』と『阪急電車』、まったく違う。意識して顔を変えたように見せる人もいるけど、あなたの場合、それが自然にできてる。
有川
似たようなものが続かないようには思っているんです。それと私、頭の悪さを武器にしているので(笑)。面白いと思ったものに物怖じせずに飛びつく癖はついてるんです。何にも知らないから面白がれるし、予想外のところに飛んで行ける。
佐藤
無鉄砲のよさってあるね。それは強みでもある。

佐藤さんのコロボックルシリーズを読んで作家になったという有川浩さん、有川さんの"一種のファン"だと話す佐藤さん。対談は、"おチャ公の物置研究室"のような書斎で、和やかな雰囲気の中始まった。

佐藤
ぼくは小さい頃から本が大好きで、家にあった『小学生全集』を読んでいたんだよね。『ピーター・パン』のティンカーベルとはまたちょっと違う、もっと気楽につきあえるフェアリーがいたらいいな、なんて思ってた。
有川
妖精ですね。"トモダチ"になれるような。
佐藤
そう。後に文学全集を数種類読んだけれど、昔読んだ"童話"の面白さが忘れられなかった。でも当時は児童書も少ないし、すぐ読み尽くしちゃってね。読みたいのに読む本がない、仕方がないから自分で書こうかって思ったよ。
有川
それは私も同じですね。常に『自分だったらこういうのが読みたい』というものを書いてます。
佐藤
ところがぼくは、子どもの頃から作文が大嫌いで、下手な例として読まれたこともあるくらいなんだ。でも、自分の話は自分で書くしかない。最初に書いたものなんて変な話ですよ。ほとんど空っぽのリュックサックを背負って、高い塔に登るんだけど、そのリュックにまぎれこんでいた金平糖がぐんぐんふくらむんです。つまり、登るにつれて周りがすべて小さくなる中で、大きさが変らなかったのが金平糖。雑誌に発表した習作だね。小人のようなものを書いたのは、『失くした帽子』という習作。『てのひら島はどこにある』っていう作品に繋がったんだけどね。
その小人は主人公の空想の中にだけ出てくる。そうではなくて本当にこの世にいる話を書こうと思った。そこからファンタジーになっていったんだよね。一寸法師が日本にはあるから、一寸、3センチほどの小人にしようと。本当にこの世にいなかったらつまらない、でも、普通はそんなこと誰も信じてくれないでしょ、だから〝まずは誰かに発見させよう〟ということにしたわけ。それが第一作。
有川
ものすごく緻密でしたよね。せいたかさんがコロボックルを発見する過程は。
佐藤
正確にカチッとしないといけないんだよな。いいかげんに叙情的な文章でも伝わるかもしれないけど、そこに非現実を入れ込むためには、現実は本当に精密に書かないとね。あり得ないことを、まるであったように読者に信じさせるわけだから。
有川
私はコロボックルには最初図書館で出会って、本当に夢中になったんですよね。『豆つぶほどの小さないぬ』の解説にも書きましたが、とにかくコロボックルと"トモダチ"になりたくて、毎晩コロボックルのためにミルクをおいて『トモダチになってください』と手紙を書いていました。
佐藤
ああ、旅行から帰ったらヨーグルトみたいになっていたっていう。
有川
実は横にコーヒーフレッシュも置いていて、そちらはチーズのようになっていたんです。とにかくそれくらい信じることが出来ていました。いま、改めて『ありがとう』と申し上げたいです。でも、ヨーグルトになったのも本当に不思議な話で、やっぱりコロボックルはいるのではないか、私はみつけていないけれど、他の人はみつけているのかもしれないって、いまでも思ってしまいますね。ミルクが腐らないようにコロボックルがヨーグルトにしておいてくれたのかもしれないと思うと楽しいです。ほらこういうところにも(クッションをめくって)確実にいる気がする。