もうひとつのあとがき

■小難しさの、その中に
周木律

 僕は、数学が好きだ。

 だが、決して数学が得意というわけではない。一定の基礎を学べているとは思うが、それ以上の専門領域については「ちんぷんかんぷん」である。したがって、このシリーズに出てくる数学に関するくだりも、数学をきっちりマスターされた方からすると、間違いや、誤解、許容できない記述が散見され、さぞ不愉快だろう(事実、本当の数学好きの方々から叱られた)。

 とはいえこの点、文庫化に当たって「誤りなので削除する」ことはしなかった。なぜなら、数学が正確に伝わらないという害があったとしても、数学独特の理知的な匂いとともに「数学は面白い」というイメージを伝えることが最優先だと考えたからである。

 あくまで個人的な経験に基づく割合だが、「数学」という言葉を耳にしたとき、約九割の人が顔を顰め、「ああ、あの小難しくて理屈っぽくて面倒な教科ね……」と言いたげな表情を浮かべる。残念ながら、一般的には、数学はかくもネガティヴな印象とともにある。

 僕としては、このような態度はひどく勿体ないものに映る。なぜなら数学とは、計算や数式などの七面倒くさいプロセスをク

 リアした先に、普遍的かつ味わい深い面白さを内包するものだからだ。触りづらいイガの中には甘い栗が隠れているように、数学の核にも、誰もが「面白い!」と思えるものが存在している。例えば「球をバラバラにして再構成すると元の球と同じふたつの球になる」とか、「ある矛盾のない理屈が自身に矛盾がないと証明できない」とか、聞いているだけでなんだかワクワクしないだろうか?

 つまり、数学そのものはわからなくてもいいが、その中心にあるものの面白さ、またそれを取り巻く数学者という愛すべき人々の面白さについて興味を持ってもらいたいのだ。これをミステリの枠組みに乗せてしまうと、どうしても逸脱した表現にならざるを得ない部分もあるのだけれど、それでもなお、多くの方に根強く残るネガティヴな数学のイメージを、少しでも「興味深い」と思える方向にシフトできたら、本当に嬉しいことである。

 先日、こんなご感想をいただいた。「もし数学がわかれば、本編ももっと面白く感じられるのでしょうね。なんだか数学にも興味が湧いてきました」―まさしく、そう思っていただければ、本望である。

「堂」シリーズ第2弾。
異形建築での天才たちの饗宴

周木律

2013年『眼球堂の殺人 〜The Book〜』(「堂」シリーズ第1作となる)でメフィスト賞を受賞、デビュー。新刊は『LOST 失覚探偵(上)』(講談社タイガ)

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