もうひとつのあとがき

■海と船と、連続殺人事件
吉川英梨

 いままで誰も触れたことのない、新しい警察小説シリーズを作る。

 これが、企画の段階で担当の編集者やエージェント、そして筆者が最も意識したことだ。しかし、小説でもドラマでも警察モノは安定した人気を誇るジャンルだけに、もはや出尽くした感があった。刑事部による殺人捜査、公安部によるスパイ活動、警備部SPによるアクションモノ……。

 そんな中で、編集者が「水上警察とかどうでしょう」とぽろりと口にした言葉が、新刊『波動 新東京水上警察』の全ての始まりだった。

 水上で起こる事件を綴った物語、ないことはないが、誰もが知るシリーズというと、海上保安庁や海上自衛隊モノばかりが浮かぶ。「水上警察モノ」はない。

 これはいける。絶対やりたい。書きたい―私の、作家の血が滾った瞬間だった。

 そんな私の出鼻を挫いたのが、現在の警視庁に水上警察署はない、という現実だった。二〇〇八年に東京湾岸警察署が誕生、事実上吸収合併されてその名は消えた。

 ならば復活させてしまえ(笑)。

 その現実を逆手に取った設定にすればいい。渡りに船とはこのことで、東京湾岸地域はちょうど二〇二〇年東京オリンピックの会場だし、都は水上観光の充実を図ると謳う。通称〝オリンピック署〟と呼ばれる、五港臨時署として水上警察が復活するところから物語をスタートさせることにした。

 さて、この誰も触れたことのない新しい警察小説シリーズを引っ張る主人公はどんな人物か。主人公は正義感あふれ、事件を解決し悪を退治しなくてはならない。海上アクションも充実させたいから体育会系のマッチョな男か。しかしこれだと〝完璧な男〟で主人公としては退屈だ。

 魅力ある主人公像を作るには、いかにその欠落を人物像と物語に投影できるかにかかってくる。水上を舞台にした物語ならば―水恐怖症!?

 こうして、「新東京水上警察」シリーズを牽引する絶対的なヒーロー、碇拓真が誕生した。鋭い洞察力と圧倒的なアクションで犯人を追い詰める碇も、海上ではへっぴり腰。私生活も荒れていて、バツ2で三人の子持ちの中年男―。舞台は整った。

 本書の見どころはなんといってもクライマックスの海上ボートチェイスシーンだ。読者の皆様にもその臨場感を味わっていただきたい。そして、碇拓真というちょっとダメでコミカルな新しいヒーローと共に笑い、怒り、そして感動していただければ幸いだ。

吉川英梨

1977年、埼玉県生まれ。代表作は「女性秘匿捜査官・原麻希」シリーズ。『ハイエナ 警視庁捜査二課 本城仁一』が絶賛される。期待の女流ミステリ作家

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