もうひとつのあとがき

■嘘から出た不思議
室積 光

 俳優の榎木孝明氏は古い友人だが、超自然的な現象を当然のこととして受け入れる、不思議な人である。

 私は本当のような嘘を吐く男だが、彼は信じられないような事実を語る。どちらが性質の悪い人間かは一目瞭然、私である。

 彼はまた古武術の使い手で、一度拙宅でその技を披露してもらったことがある。

 肩幅に足を開いて立った私の肩を榎木氏が軽く叩く。叩かれた肩の方は痛くも痒くもないのだが、私は膝から崩れて床に横たわってしまった。何度やられても結果は同じで、立っていられないのだ。

 口で説明されただけでは、

「んな、馬鹿な!」

 と思っていたのだが、実際身をもって体験すると事実なのだった。

 この体験を基にして、ものすごく強いじいさんを登場させたのが「ツボ押しの達人」シリーズだ。山の中で古武術の修行を続けた達人が、東京に出てきて悪人どもを懲らしめる物語である。

 書いているうちに調子に乗った私は、主人公に様々な技を使わせた。

「目で抑える」

 と呼ばれる技は、相手の殺気が集中した部分を見るだけで動けなくしてしまう。

「石仏の突き」

 では、デコピンされると意識はあるのに体が動かなくなる。

 痛快な嘘を書き並べたつもりでいた私だが、後になって実際にそんな技を使う人がいることを知った。これも榎木孝明情報である。

「嘘吐き!」

 と罵られるならまだしも、嘘のつもりが事実で、

「その程度の想像力?」

 と鼻で笑われる最悪の事態だ。

 私は焦り、噓を吐きまくった。

「しようもない嘘吐き」であろうとして、ここまで努力した人間が古今いただろうか?

 いや、それさえも、

「そんな奴いたんだよね」

 と軽くいなされそうな悪い予感が。

 ここは潔く、自分の世間知らずを認めるしかない。この世の中、自分の暮らしのすぐ隣には、人知を超えた「嘘のような本当の世界」が広がっているようだ。

室積 光

一九五五年、山口県出身。映画俳優などを経て、二〇〇一年『都立水商!』で作家デビュー。他の著書に『ツボ押しの達人』『史上最強の内閣』などがある


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