もうひとつのあとがき

■ゲーム・シリーズの軌跡
竹本健治

 デビュー作の『匣の中の失楽』を世に出したあと、雑誌「幻影城」が崩壊して拠点を失ってしまった僕に、次の発表の場を提供してくれたのは、のちにマネージメントをお願いすることになった磯田秀人さんだった。「君、碁が好きなんだから、それを題材にしてみたら?」とアイデアを出してくれたのも磯田さんで、なるほど、それなら確かに書きやすいかも知れないし、考えればこれまで囲碁小説はいくつかあるが、長編ミステリはまだなさそうだということで意欲を燃やし、話にあわせて作りあげたのが大脳生理学者の須堂信一郎、囲碁の天才少年の牧場智久、その姉で須堂の助手の典子というトリオだった。当時としてはまだ目新しかった脳科学の知見を絡めたりしているが、結果的には『匣』の揺り戻しもあってか、『囲碁殺人事件』は僕にしては極めて真っ当な本格ミステリになったと思う。

 幸いけっこう評判がよかったので、磯田さんの「じゃあ、シリーズにしようか」というひと言で次は『将棋殺人事件』。それもパズルの一ジャンルとして特異な発展を遂げた詰将棋の世界にもっぱら焦点をあて、クイーンの『盤面の敵』の変奏という路線に、「エドガール・モランの『オルレアンのうわさ』」を横軸として絡めてみた。僕自身、どんな筋立てだったかなかなか記憶できず、版変わりのゲラ直しで読み返すたびに新鮮な驚きを覚えるほど面妖な展開なので、『囲碁』で『匣』との落差に戸惑った読者も、やはり地金が出てきたなと思ったに違いない。

 そして第三弾の『トランプ殺人事件』でコントラクト・ブリッジを取りあげたのは、当時、荻窪でルームシェアしていたワセミス出身の関口苑生・皆川正夫・新保博久の三方とこれをやりはじめ、その面白さにハマっている最中だったからだ。思いきり大がかりで二重三重に込みいったものにと苦心した暗号に関しては、振り返って『涙香迷宮』にも引けを取らないだろうし、話自体の歪みっぷりも相当なものだろう。僕の全作品のなかで『トランプ』がいちばん好きという読者もけっこう多いようだ。

 ともあれ初登場は十二歳だった牧場智久はその後独り立ちし、彼女である武藤類子とのカップリングで探偵役を続けることが多くなったが、四十年近く過ぎて未だに十八歳のサザエさん状態なので──安心してください、まだまだ活躍できますよ。

天才少年囲碁棋士・牧場智久、
首無し屍体の謎に挑む!

竹本健治

1954年兵庫県相生市生まれ。東洋大学文学部哲学科在学中にデビュー作『匣の中の失楽』を伝説の探偵小説誌「幻影城」に連載、’78年に幻影城より刊行されるや否や、「アンチミステリの傑作」とミステリファンから絶賛される。以来、ミステリ、SF、ホラーと幅広いジャンルの作品を発表。天才囲碁棋士・牧場智久が活躍するシリーズは、’80〜’81年刊行のゲーム3部作(『囲碁殺人事件』『将棋殺人事件』『トランプ殺人事件』)を皮切りに、『このミステリーがすごい! 2017年版』国内編第1位に選ばれた『涙香迷宮』まで続く代表作と

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