■時代浪漫復古の弁
月村了衛
本書について私が記しておきたいことと言えば、「本作こそが月村了衛の長編第一作であった」ということに尽きます(何を隠そう、執筆時の題名こそ『神子上典膳』でありました。大変思い入れのある題名です)。
伝手の伝手のそのまた伝手を頼って、書き溜めた作品の持ち込みを続けていたため、刊行順が前後してしまったのです。
元来私は、時代小説でのデビューを目指しておりました。そのために「月村了衛」などという時代がかった筆名をつけたくらいです。志に反して本作でデビューできなかったことがよかったのか悪かったのか、それは私にも分かりません。答えは後世に委ねるよりないでしょう。
しかしこのたび、『神子上典膳』の原題に復して広く読者のお手にとって頂く機会を得たことは、私にとりまして大きな喜びであります。関係者の皆様、読者の皆様に深く感謝を捧げます。願わくは、〈文庫〉本来の理念に則り、いついつまでも広く親しまれますことを。
神子上典膳(のちの将軍家指南役・小野忠明)は実在の人物で、「無想剣」も言わば実在の必殺技であります。一刀流は謎の多い流派で、私は学生の頃からいつか一刀流について書かんものと機会を狙っておりました。「小説現代」誌に発表した掌編「夢想幻譚」も、実は当時の作品を改稿したものです。
本作は所謂剣豪小説の一変形ではありますが、私の志向する時代小説(歴史小説に非ず)は、その源流の一つに[講談]があるものと考えます。
現代は時代小説が盛んなようで、その実、主流はあくまで歴史小説で、手に汗握る活劇は意外に少ないように思えてなりません。
角田喜久雄、白井喬二、国枝史郎、三上於菟吉、林不忘、吉川英治(『宮本武蔵』の、ではなく)らのロマンはすでにして失われ、二度と顧みられることはないのでしょうか。
そんなことはありません。勧善懲悪、波瀾万丈の物語は、いつの時代も人の心を打つものと信じます。ただ不幸にして現在は、馥郁たるロマンの香りが、世の隅々から薄れつつあるのもまた事実。
ならば私はあくまで王道を行きましょう。それを求める人がいる限り。
その覚悟で今日も筆を執っています。
月村了衛
『機龍警察 暗黒市場』で第34回吉川英治文学新人賞、『コルトM1851残月』で第17回大藪春彦賞、『土漠の花』で第68回日本推理作家協会賞を受賞した