もうひとつのあとがき

■甘味下戸の甘味話
西條奈加

 この作品に必ずついてまわる裏話がある。私自身は、甘いものが苦手なのだ。

 体質的に合わないらしく、子供の頃からエクレア一個で気分が悪くなっていた。いわゆる甘味下戸である。

 このエピソードを、『小説現代』でエッセイに書いたことがある。甘味嫌いの書く和菓子屋の話というのも、面白いかも―。担当編集者との会話の中で、そんな自虐の思いつきが生まれ、本作に繫がった。

 とはいえ、お菓子の描写自体は楽しかった。もともと食べることが好きで、菓子には独特の華やかさがある。主人公の菓子職人・治兵衛に、毎回何を作ってもらおうかと、楽しみながら考えた。

 それでも本作の執筆は、非常に苦しかった。「まっとうな人情物」が今回のコンセプト。エンタメに走り過ぎず、家族にまつわる人情、つまり人の心の機微や葛藤を、できるだけていねいに描写する―。

 非現実的なエンタメを得意とする私には、とても高いハードルだった。決して他人に強いられたわけではなく、時代小説の書き手として、一度くらいやってみようかという、いわば浮気心に近いものだが、いざやってみると、とにかくしんどかった。

 あまりに悩み過ぎて、終いには内容の良し悪しすらわからなくなり、「この作品、本当に面白いですか?」と、作者にあるまじき質問を担当者に何度も重ねる始末だった。

 それでも、苦労というのは報われるものだ。二年前、『まるまるの毬』は、吉川英治文学新人賞をいただいた。

 辛かったぶんだけ、ご褒美をもらったような気がして励みになった。

 第一話の「カスドース」の執筆から、今回の文庫化まで、思えば治兵衛一家とのつき合いも、足掛け八年にわたり、現在は二作目を連載している。思いがけず長いつき合いとなり、色々な面で恵まれた作品となった。

 お菓子をぱくりと頰張ったときのように、小さな幸せを読者に感じてもらえれば、もう言うことはない。

 最後に、泣き言ばかりの作者に辛抱強くつき合って下さった担当者諸氏と、また巻末の解説を引き受けて下さった、大切な友人でもある澤田瞳子さんに、心からお礼を述べたい。

西條奈加

1964年生まれ。2005年『金春屋ゴメス』で日本ファンタジーノベル大賞を受賞しデビュー。2015年『まるまるの毬』(本書)で吉川英治文学新人賞を受賞


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