もうひとつのあとがき

■歯車になりたくて
大山淳子

 就活の面接で「歯車となって働きたい」と言ったら、「やりたいことがないのか?」と面接官に叱られました。昭和後期の話です。女性の自立が尊ばれ、個性や創造性が求められる時代でした。なのにわたしは、採用してくれた会社で与えられた仕事を一生懸命頑張りたい、それしか頭にありませんでした。役に立つと存在が許される。そんな気がしていました。就職すると張り切りました。有能ではないけれど、仕事が好きでした。その後結婚して妊娠すると、「辞めたら?」と課長に肩を叩かれました。

 ショックでした。育休制度が整い始めた頃で、もっと働きたかった。わたしの夢は歯車です。便利なひとでいたいんです。つまり必要とされていない場所に居座るわけにはいかないのです。入社二年半で退社し、家庭に入りました。

 まずは育児。その後家族が大病をして、介護も始まりました。専業主婦は思いのほか忙しく、やりがいがありました。家族にとって便利な存在、つまり歯車になれているかもと、かすかに自信がわいてきた結婚十年目、いきなり夫に肩を叩かれました。

「ほかに好きな人がいるんだ」

 空から猫が降ってきても、これほど驚かなかったと思います。ラブラブなおしどり夫婦だと思い込んでいました。悲しいけれど、必要とされていない場所にはいられません。離婚となりました。

 会社でも家庭でも「要らない」と言われた。ただ歯車になりたかっただけなのに。なぜだなぜだと悩むわたしに、カウンセラーは言いました。

「あなたという歯車はいびつでハマるところがない。自分で回していくしかない」

 そんなわけで(途中省略)今は作家をやっています。

 もし完璧な歯車になれていたら、どんな人生を送ったことでしょう? そんな思いから、『イーヨくんの結婚生活』が生まれました。

 イーヨくんは人の頼みを「いいよ」と引き受け、遂行できる。わたしが目指した「便利なひと」です。しかも高スペック!

 さて、歯車は周囲を幸せにできるでしょうか? 答えを探しながらこの物語を書きました。

 わたしはイーヨくんになりたくてなれなかった人間です。歯車になる夢をあきらめ、自分の心に「どうしたい?」と問いかけながら生きるようになってから、まわりにいる人たちが笑顔になったような気がしています。

幸せって、何だろう?
「猫弁」著者による感動作

大山淳子

東京都生まれ。「猫弁 死体の身代金」でTBS・講談社ドラマ原作大賞を受賞し作家デビュー。「猫弁」全5巻は40万部を超えるベストセラーになっている

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