『影の守護者 警視庁犯罪被害者支援課5』堂場瞬一

著者インタビュー

影の守護者 警視庁犯罪被害者支援課5

自力で立ち上がろうとする被害者の姿を
描いてみたかった。

毎年8月の風物詩ともいえる人気警察小説「警視庁犯罪被害者支援課」シリーズ。
その第5弾となる『影の守護者』がいよいよ刊行される。
交番襲撃による警察官射殺事件、さらには5年前に起こった拳銃強奪事件という、事件の先鋭化、物語構造の重層化を意識した本作だが、どのような思いからこの作品を描いたのだろうか――。

――支援課シリーズ第5弾となる本作では、これまでの作品とひと味違うように感じました。まず、驚くのは被害者が警察官であること。この大胆なアイデアは、どのように着想されたのでしょうか?

堂場 私の頭の中には「未解決事件のデータベース」があるんです。その中で1992年かな、東村山市で起きた交番襲撃・拳銃強奪事件がずっと気になっていたんです。それが今回の着想の根本にありました。

――今年、富山でも交番が襲撃されて拳銃を奪われる事件がありましたが。

堂場 たしか6月でした。もちろん本作は、それよりもずっと前に原稿を書き上げ、すでにゲラの確認も終わっていたんですが、正直、嫌な気分になりましたね。私が小説に描いたことが、後に現実の事件として起こるようなことがたびたびあって……。だから災害だけは描かないようにしようと思っています。

――そういえば「支援課シリーズ」の4作目『身代わりの空』は富山が舞台ですね。

堂場 ただの偶然ですよ。そこまで言われたら何も書けなくなってしまう(笑)。

――これまでこのシリーズは「女性的な物語」という視点から描かれることが多かったと思います。今作では、被害者遺族である息子の益田智樹という人物も捜査一課の刑事で<父と子>という「男性的な物語」になっているように感じました。

堂場 そうですね。今作では<父と子>という関係を描いてみたいという思いがありました。父親を犯罪で奪われたことによって、息子は<父と子>という絆を中途半端な形で切断されてしまうわけです。しかも息子もまた警察官である。敵討ちではないですが、当然、自分の手で犯人を……と思うものだろうと考えました。
被害者としての悲しみとともに、その気持ちから先に進むために、息子は自らが捜査に参加したいと考える。もちろんデリケートな捜査ですから、捜査一課はこの事件の捜査から智樹を外すわけですが、それでも彼は自分ひとりで捜査を進めようとする。その過程の中に、今作では「自力で立ち上がろうとする被害者の姿」を描いてみたいと思ったんです。だから、支援課の村野も、この捜査には一歩下がっています。智樹を横で支えるという感じで。

――堂場さんは、翻訳ミステリの読み手としても知られていますが、<父と子>という物語の中に、アメリカの小説の影響があったのかなと想像しましたが。

堂場 それはちょっと違うかな。今、アメリカで書かれる<父と子>の物語は、ステップ・ファーザーが出てきて……といったような、もっと複雑な関係性になっているんですね。アメリカのほうが「家族」というものが日本よりも複雑化しているのだと思います。この作品では、もっとシンプルに<父と子>という繋がりを描きたいと思っていました。

現代日本の原風景はどこにあるのか!?

――もうひとつ、今作を読みながら圧倒的なスピードを感じました。次々に場面が展開し、新たな物語へと進んでいくような。なにか文体や構造に工夫されたのでしょうか?

堂場 とくに文体を変えるようなことはなかったんですが……。今回は、これまでこのシリーズではあまり書かなかった、カーチェイスといった追跡シーン、アクション場面を描いています。もしかしたら、それが読む人にそう感じさせているのかもしれませんね。

――たしかに、あのカーチェイスの場面はとても緊張感がありました。

堂場 ありがとうございます。でも、次にこういった追跡シーンが出てくるのは、3年後くらいかなと思っています(笑)。

――3年後だと……第8巻ですか!

堂場 同じシリーズでも、それぞれの作品で毎回、試行錯誤をしていますから(笑)。

――この作品は、まず多摩地区の交番が襲われるところから始まります。さらに捜査の中で群馬に行ったり、千葉県の野田市にも行ったりしていて。東京……いわゆる23区ではなく、その郊外を舞台に物語が展開していますが、これは意図的なものですか。

堂場 どの土地を舞台にするかというのは、とくに限定的に意識しているわけではないんです。これらの地域は、物語の流れの中で出てきた土地ですね。ただ23区といったいわゆる都市と地方、その間の場所というか、ちょうど淡水と海水が混じり合う汽水域のような場所、いわゆる郊外と呼ばれるわけですが、こういった都市の周縁域にこそ、現代日本の原風景があるように感じるんです。

――物語の生まれる場所ということでしょうか。

堂場 そういう言い方もできるのかもしれません。先ほどのカーチェイスなども国道16号で起こります。国道16号は横須賀から横浜、多摩地区から八王子、さらに埼玉の入間、大宮を通って、千葉の野田を抜けて千葉市へと、まさに都心部周縁の道路です。これが私にはティピカルな原風景のように感じるんですよ。

小説は人間のものだから

――7月に刊行された単行本『焦土の刑事』では、戦中と戦後の時間を横断する形で、ある殺人事件を追い続ける刑事を描いています。作中の人物の行動や生活など、とても精緻に取材されているのではと思いましたが、小説の取材はどのようにされるのでしょうか。

堂場 『焦土の刑事』は苦労しました。戦時中といっても、この作品に出てくる人物たちは、その当時の<ミドルクラス>の人たちですよね。たとえば日本軍の中で命令を出す上層部、逆に戦地で戦っている人たちのことは資料があるのですが、国内にいて、ある意味、上からの命令と現場の間に生きていた人たちのことはなかなかわからなくて……。そういえば、原稿を書き上げる直前に、偶然、新しい資料を見つけて、それまで描いていたことを書き直した部分もありました。

――それはどのような?

堂場 『焦土の刑事』では作中、芝居というものが重要なモティーフになります。この芝居が検閲される部分です。当時、検閲の担当部署は内務省、特高、警察、とそれぞれに区分があったのですが、私は芝居の検閲は特高警察がやっていたと思っていたんです。しかし、これは警察の担当だった。早川書房から刊行されていた「悲劇喜劇」という雑誌の中で、戦時中、検閲をしていた警察官と劇団関係者の対談があることを知って、早川書房からその雑誌のコピーを送ってもらい、ようやく確認できた。もちろんその対談は、なかなかシビアなものでしたけど(笑)。警察は組織が都道府県ごとに分かれているから、当時、東京で上演した芝居を大阪でやろうと思ったら、また大阪府警の検閲が必要になったりと、そういう苦労があったそうです。

――ひどい話ですね。

堂場 そうですね。ただ、戦時中のことを調べれば調べるほど、たどり着く結論は、今の日本もそれほど変わらないなという思いです。当時、言論は明確に抑圧されていたわけですが、現代では誰かに気を使っているというか、これは言わない方がいいかなといった、それこそ忖度じゃないですけれど、明確な抑圧者がいないぶん、現代の日本のほうが問題の根は深いのかもしれません。

作中の人物像は、どこから!?

――時代背景もありますが、堂場さんの小説ではさまざまな土地も描かれます。この取材はどうしているのでしょうか?

堂場 やはり行くしかないんですよ。もちろん今はネットがあるから、ある程度のところまでは事前に知ることができますが、ネットではどうしてもわからないことがありますよね。

――それは、どのようなことでしょうか?

堂場 たとえば坂道の傾斜です。坂がきつくて上りながら汗をかいたかとか、道幅はどのくらいだったかとか、そういうことは実際に歩いてみなければわからないんです。

――それがリアリティーを生んでいる!

堂場 ただ、気をつけなければいけないこともあるんです。資料の読み込みや取材はていねいにするべきだと思います。でも、そこに引っ張られるとデータ至上主義に陥ってしまい、小説の中でもっとも大切な<人間>が空疎になってしまう。それだけは注意しています。

――支援課シリーズの主人公の村野という人物に、ふと堂場さんを重ね合わせて読んでしまうことがあるのですが、この人物像はどうやって描かれているのでしょうか?

堂場 意外ですね(笑)。私はむしろ村野と正反対の人間だと思っていますよ。どちらかというとディフェンダー体質で。ただ、私は小説を書くときに、具体的な誰かをイメージして書くということはしません。人によっては、実在の人物や俳優、女優をイメージして書くことがあるそうですが、私はむしろその逆で、誰かを連想する、連想させるような描き方はしない。やはり「自分のことは出さない」「経験を元にしない」「おしつけない」という3つがエンターテインメントの三原則だと思っています。

――この三原則、肝に銘じておきます!

堂場 とくに「支援課シリーズ」は、メッセージ性が強くなりやすい題材ですよね。だからこそ、多面的な見方をつねに意識して、意見や主張の押しつけにならないように気をつけています。

さらにパワーアップした「支援課シリーズ」。物語の展開の見事さはもちろん、今回、ラストには、村野を巻き込む裏切りともいえる大仕掛けまである。この圧倒的強度の物語をぜひ堪能してほしい!

取材・構成/講談社文庫出版部

    • 『影の守護者 警視庁犯罪被害者支援課5』堂場瞬一
    • 影の守護者警視庁犯罪被害者支援課5

      北多摩団地交番で警察官が射殺された。被害者は益田護。身内を狙った事件に、所轄はもとより支援課にも出動要請が掛かる。遺族に面会する村野だが、その息子・智樹は捜査一課の刑事だった。その最中、事件に使用された拳銃が五年前の交番襲撃事件で奪われたものだと判明する。自らの手で犯人逮捕をと息巻く智樹に、村野は2人だけの秘密捜査を提案する。

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  • 堂場瞬一 (どうば・しゅんいち)

    1963年茨城県生まれ。2000年『8年』で第13回小説すばる新人賞受賞。警察小説、スポーツ小説などさまざまな題材の小説を発表している。著書に「刑事・鳴沢了」「警視庁失踪課・高城賢吾」「警視庁追跡捜査係」「アナザーフェイス」「刑事の挑戦・一之瀬拓真」などのシリーズのほか、『埋もれた牙』『Killers』『社長室の冬』『ランニング・ワイルド』『1934年の地図』『犬の報酬』『絶望の歌を唄え』『砂の家』『焦土の刑事』など多数。2014年に刊行された『壊れる心 警視庁犯罪被害者支援課』は本書へと続く人気文庫書下ろしシリーズとなっている。

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◆犯罪被害者支援課◆
事件は、犯人逮捕だけでは終わらない。
被害者支援──残された者、その後を生きる者たちの心を描く、圧倒的な人間ドラマ。
    1. 『身代わりの空(上)警視庁犯罪被害者支援課4』堂場瞬一 『身代わりの空(下)警視庁犯罪被害者支援課4』堂場瞬一
    2. 身代わりの空(上) 警視庁犯罪被害者支援課4

      富山空港旅客機墜落事故。死者20名、負傷者多数。村野秋生たち被害者支援課も総動員された。遺族のケアに奔走する村野は、一人だけ身元がわからない死亡者がいると聞かされる。男の身許を調べる村野だが、事態は思わぬ方向へ進んでいく。男の名は本井忠介、それは毒殺事件の指名手配犯だった。

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      身代わりの空(下) 警視庁犯罪被害者支援課4

      旅客機事故で死亡した指名手配犯・本井忠介。その嫌疑に疑いをもった村野は、単独で事件を検証する。その捜査中、本井の関係者に新たな死者が出た。連鎖する殺人と15年前に起きた毒殺事件の記憶。錯迷する事件に失踪課・高城賢吾までが、村野に協力するが。闇の果てに浮かび上がる悪とは?

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『Killers(下)』堂場瞬一
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『埋もれた牙』堂場瞬一
埋もれた牙

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1946年東京、戦後復興と娯楽への欲求──「野球(ベースボール)」に突き動かされた男たちを描く、デビュー10年、構想10年の傑作長編小説。

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「やってやる。人生最高の特ダネを、しっかり物にしてやる」
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1964年、1972年、1986年、1996年、2017年。 時代とともに、事件記者と「ネタ元」の関係も変わる。50年の変遷をひとつの新聞社を舞台に描いた、著者にしか書けない新聞記者小説集。

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