講談社文庫

実在の公家大名が活躍する超人気シリーズ!

佐々木祐一 公家武者 信平

その捕物、麿にお任せあれ。 講談社時代小説文庫

著者からのメッセージ

公家武者松平信平シリーズを愛読してくださった皆様、第2シリーズは公家武者信平と改題し、講談社文庫で始めさせていただくことになりました。

昨年の10月に第1巻「消えた狐丸」が刊行され、おかげさまで好評をいただき、今年の2月15日には第2巻「逃げた名馬」、6月には第3巻を出させていただきます。

読者の皆様には、外を歩けば事件や面倒ごとに巻き込まれる信平ファミリーの喜怒哀楽と、嫡子福千代の成長を見守っていただきながら、おおいに楽しんでいただけることを願いつつ、これからも精進してまいります。

どうぞ末永く、公家武者信平をよろしくお願いいたします!

佐々木裕一

PROFILE

佐々木裕一(ささき・ゆういち)

1967年広島県生まれ、広島県在住。2010年に時代小説デビュー。「公家武者 松平信平」シリーズ、「浪人若さま新見左近」シリーズのほか、「あきんど百譚」シリーズ、「佐之介ぶらり道中」シリーズ、「若旦那隠密」シリーズ、「若返り同心 如月源十郎」シリーズなど、痛快な面白さのエンタテインメント時代小説を次々に発表している人気時代作家。

「公家武者」シリーズは、江戸時代前期の旗本で公家から武士になった侍・鷹司松平信平を主人公とする、版元をまたぎ続く人気時代小説だ。二見時代小説文庫の「公家武者 松平信平」シリーズでは、最終巻の対決で宿敵・神宮路翔を倒したが、講談社文庫の新シリーズ「公家武者 信平」は、その対決の3年後から始まる。今回掲載するのはその空白期間、神宮路の弟・明楽との因縁決戦である。

佐々木祐一 公家武者 信平

『神宮路との戦いの果てに信平への果たし状』

あの三年間、信平に何があったのか? 読者待望の特別書下ろし短編

「わたしに勝ったと思うな、信平」

 神宮路翔が血走った目を見開き、不気味に笑う。

「お前の大切な者を奪ってやる。思い知るがいい」

 神宮路が雲切丸を振り上げ、松姫を斬った。

「松!」

 信平は目覚めて顔を上げた。静寂に包まれ、日差しの中で輝く池があり、美しい庭が広がっている。

 昨夜眠れなかったせいか、ついうたた寝をしてしまい、悪い夢を見たようだ。

 信平は安心して息を吐き、月見台から下がった。

 奥御殿に渡り、松姫の部屋に行くと、福千代を眠らせたところだった松姫が、信平に微笑んだ。

 床から出て身なりを整えている松姫に、信平も微笑む。

「無理をしていないか」

「はい。今日は、気分がようございます」

「ふむ」

 信平はそばに座り、福千代の小さな手を触った。

「今朝、城から沙汰があった。しばらく登城を免除され、御役目も免ぜられる」

 松姫は信平に、悲しそうな眼差しを向けた。

「わたくしのために、ご出世を断られたのですか」

 信平は首を横に振った。

「麿が、そうしたいのだ。これからは、いつもそばにいる」

 松姫の手をつかみ、引き寄せた。

「疲れた顔をしている。昨夜も眠れなかったのであろう」

「福千代が夜泣きをしますので」

 だと、信平は分かっている。松姫は、信平と同じような悪夢に悩まされ、怯えて眠れないのだ。

 神宮路に連れ去られ、両国橋の上で殺されかけたことが昨日のように目の奥に映り、松姫を苦しめている。

「少し休め。麿がそばにいる」

「はい」

 明るい昼間に、信平の腕に抱かれて安心したのか、松姫は程なく、寝息を立てはじめた。

 信平は松姫をそのまま寝させてやり、愛する人と共にいられる幸せを噛みしめるのだった。


 こうしているあいだも、江戸市中では、老中・稲葉美濃守の主導による、神宮路一党の探索がおこなわれている。

 神宮路翔という巨頭を失い、核となる者もいない一党は、今や離散しているのだが、美濃守は残党狩りの手を緩めず、江戸のみでなく、関八州、京、大坂へと探索の手を広げ、神宮路に加担していた者と判明すれば、容赦なく処刑した。

 それにより、主だった者はいなくなったのだが、一部の者たちがふたたび江戸市中に潜伏しているという噂が流れ、町奉行所は南北総がかりで、身元が確かでない者のあぶり出しをはじめた。

 中には、下っ端でも剛の者がおり、役人を斬殺して逃げ、商家を襲って金品を奪うなどしたので、市中は一時、混乱の極みに達した。

 そこで、剛の者を取り押さえるべく、信平は先日美濃守に召し出され、五千石の役料と共に、与力五十騎、同心八十名を束ねる市中改役を打診されたのだが、

「ご期待に沿えませぬ」

 と、辞退した。

 美濃守は、これはおぬしと、おぬしの大切な家族の命に関わることだ、と、厳しい態度を見せたが、信平は応じない。

 あきらめない美濃守は、三日だけ考える猶予を与えようとしたが、信平は頑なに拒み、赤坂に帰ったのだ。

 このことは、本丸に詰める者から信平の舅である紀州大納言頼宣に伝わり、重く受け止めた頼宣は、ただちに将軍家綱に拝謁を求め、美濃守殿は、功労者である信平を殺す気かと訴えた。

 決定事項ならば、いかに頼宣が訴えても覆すことは叶わなかっただろう。

 信平を案じていた家綱は、美濃守に取り下げるよう申しつけたのだが、美濃守はその場に平伏し、一人、厄介極まりない男がいることを告げた。

 名を、神宮路明楽という若者は、神宮路翔の実の弟で、この者は名を変えて江戸に入り、二人の家来と共に身を潜めていた。

 驚いた家綱と頼宣に、すでに、名うての剣客を五名殺され、もはや信平のほかに、神宮路明楽を倒せる者はいないと、美濃守は訴えたのだ。

 だが頼宣は、神宮路明楽の名が世に聞こえていないことを不審に思い、問い詰めた。

 すると美濃守は、明楽が神宮路翔の弟だという事実を隠し、一党の中でも下っ端の浪人として潜伏しているからだと告げた。

 明楽の狙いはただ一つ、兄の仇である信平の命。

 頼宣は焦った。松姫がふたたび狙われるのではないかと思ったのだ。

 娘を案じる頼宣に、美濃守はこう言った。

「市中改役は、むしろ信平殿を守るためでございました。役を受け、配下の者たちと神宮路明楽を討つよう申したのですが、どうしても受けませぬ」

 頼宣が怒った。

「婿殿は何を考えておるのだ」

「もはや神宮路には関わりたくないと申し、聞きませぬ。屋敷に現れれば即座に成敗すると申しますので、やむなく帰しました」

 頼宣は言葉を失い、家綱は、信平を守るためにできるだけのことはいたせ、と、美濃守に命じた。

 日陰がある縁側に座っている信平は、目を閉じて、静かに思いをめぐらせている。美濃守に言われるまでもなく、この時すでに、明楽のことを知っていたからだ。

 何げない文に見せかけた果たし状が届けられたのは、登城をする朝のことだった。


 御屋敷に忍び込み、お命をちょうだいせんと思えば、容易くでき申した。なれど、それがしは兄、神宮路翔のごとき卑怯なまねはいたしませぬ。

 剣の道を志す者として、あなた様と剣を交え、兄の仇を打ちとうござる。

 明後日の明け六つ。目黒川新橋を渡った先にある荒れ寺にてお待ち申し上げる。

 一刻過ぎてもお姿なき時は、改めて、お命をもらい受けに御屋敷にまいる所存。

 その折は、奥方とお子のお命もちょうだいつかまつる。

 なお、決闘の場にはお一人でまいられるよう、申し上げる。

神宮路明楽


※この続きは2月15日刊行の講談社文庫『逃げた名馬 公家武者 信平(二)』をお読みください。

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