『飛躍』 第二十三巻
著者:佐伯泰英
定価:本体630円(税別)
最大の危機を
乗り越えよ、藤之助!
改修を終えたベンガル号を得て、東方交易は順風満帆に見えた。だが、新拠点横浜から悲報が。黄大人たちが襲撃されたという。攘夷派かそれとも幕閣の差し金か。横浜へ急ぐ座光寺藤之助は、一統を率いる者として、重大な決断を迫られる。幕末前夜を駆ける大スケールの冒険譚、ついに完結!
〈文庫書下ろし〉
──『開港』で20巻に到達しました。率直なお気持ちは?
座光寺藤之助の物語が始まったのは二〇〇五年ですか。その当時とは出版をとりまく状況が変わりましたね。街中の本屋さんがだんだん少なくなって、ネットで本を買うことも増えました。電子書籍も出てきた。出版界の歴史の大きな節目に僕らはいるのだと思うけれど、願望もふくめて言えば、せめてこのシリーズが続いている間は、読者の方には書店で文庫を実際に手にとって選んでいただきたいと思う。
20巻とはいっても、第一巻『変化』の安政の大地震から実際にはまだ四年ほどしか経っていないんです。それだけ動きの激しい時代なので、歴史のうねりに物語が負けてしまわないように懸命に書いています。
──このシリーズに、どんな思いを込めて書かれていますか?
今、大半の日本人が明るい夢を持っているわけではないでしょう。激動の時代に、個人はどう動いて生きていったらいいのか。黒船に驚かされ開国を迫られた「座光寺」の時代と、諸外国からTPPの圧力をかけられ、ネット社会の急激な変化など目に見えないところで取り囲まれている現代は、不安な時代という状況がよく似てるんですね。日本が世界の変化に立ち後れているということでも。
座光寺藤之助という架空の人物が、爽快に活躍するこのシリーズを、現代と重ね合わせて読んでいただいてもいいと思う。
──無敵のヒロイン玲奈は、好みの女性像ですか?
前の警視総監の西村泰彦さんと対談させていただいたとき、「交代寄合」の玲奈は佐伯作品のなかでも異色のヒロイン、とおっしゃっておられました。
「座光寺」の時代は、坂本龍馬が活躍する五年くらい前、やっと横浜や箱館(はこだて)が開港したころです。その時代の日本人が外国に出るとどうなるか。それを体現したのが座光寺藤之助なんですね。異国人など見たこともなかった彼が、外国人を父にもつ玲奈を嫁さんにする。長崎に生まれ育った玲奈がいたからこそ、ここまで物語は広がってきたんでしょうね。
玲奈がお好きなタイプかと言われても、どうかなあ。僕はつきあいきれないな(笑)。自分で世界観、哲学を持っていて、いろんな国や人種がいることも知っている、しっかりした女性です。
僕の書く時代小説には、日本風というか控えめな女の人が多いでしょ。玲奈は理想像の一つだとは思うけれど。あんなふうに書こうとは、最初から考えていたのではないんです。そのときの筆の走りです(笑)。
──佐伯さんが考える、リーダーに必要な資質とは?
コマンダンテ(船団長)と呼ばれるようになった藤之助が、『開港』では、長(おさ)としての孤独を感じる場面も書きました。
リーダーに必要なのは、やっぱり大局と細部を見渡せることかな。碁でいうなら、全体を見る大きな宇宙観と、小さな局面を読み解く感受性、その両方を持ってないと務まらないのでは。今の日本は悲しいかな、そういうリーダーには恵まれてないと思う。政治家にも経営者にも、いないなあ。
──シリーズ開始の頃と今とで変わったこととは?
東京と熱海を行ったり来たりして気持ちを切り替えていたけれど、もっぱら最近は熱海ですね。時間とともに色が変わっていく海を眺めながら、落ち着いて自分のライフスタイルを守れる。昨日も今日も明日も三十分と違わないリズムで日々暮らし、小説を書いています。色恋どころか銀座のバーで大暴れすることもないし、僕の日常にはドラマチックな展開などまったくございません(笑)。
建築家の吉田五十八(いそや)氏が設計した惜櫟荘(せきれきそう)を岩波家から譲り受け、保存のために三年がかりで解体修復工事をしたのは、僕にとっても大きな出来事で、職人さんたちの仕事ぶりを見るのは楽しかったし、ドラマだったけど、今は淡々とした日々に戻っています。
いちばんつらかったのは、時代小説を書く前から家族の一員だった柴犬のヴィダを看取ったことかな。あまりの僕の落ち込みように家族が見かねて、同じ柴犬をまた飼うことになりました。この前の大雪の日に、初めて雪というものに触れてびっくりしてた。名前は、みかんちゃんです(笑)。
(「INPOCKET」2014年3月号の「佐伯泰英さんに直撃Q&A」より抜粋)
1942年福岡県生まれ。
闘牛カメラマンとして海外で活躍後、国際冒険小説執筆を経て、99年から時代小説に転向。迫力ある剣戟描写や人情味ゆたかな庶民性を生かした作品を次々に発表し、平成の時代小説人気を牽引する作家となる。
文庫書下ろし作品のみで累計5,000万部を突破する快挙を成し遂げる。
「密命」「居眠り磐音江戸双紙」「吉原裏同心」「夏目影二郎始末旅」「鎌倉河岸捕
物控」「新・古着屋総兵衛影始末」「新・酔いどれ小籐次」など各シリーズがある。
講談社文庫での「交代寄合伊那衆異聞」は、佐伯作品のなかでも最も新しい時代を描く大冒険活劇。黒船来襲以降の動乱の幕末期を、若き剣豪旗本座光寺藤之助が駆け抜けていく注目のシリーズである。