佐藤さとる×有川浩 対談

佐藤さとる×有川浩 写真

人間を書くなら救いも描いてほしい

佐藤
物語でも、荒唐無稽はいけない。人間が嘘だといけない。もちろん架空の話なんだけれど、その中の人間がきちんと生きていたらリアルになる。
有川
せいたかさんの生い立ちも、コロボックルとの出会いもそうですよね。キャラクターが息づいています。
佐藤
小説はなにを書くかっていえば、結局人間を書くんだよな。人間を書けば、読者はもう一つの人生を味わうことができる。面白くもなるし、勉強にもなる。『海の底』なんかも、有川さんはしっかり人間を書いている。それになぜか救いがある。せっぱつまったところまで書いて、どうなるか期待していると、あっさり死なせちゃったりすること、多いでしょう? あれは困る。物語に救いが欲しい。
有川
私は、人間は幸せになるために努力をする生き物だと思うんですよ。だから救いが生まれるまで書きたいですね。
佐藤
うん、そこまで見届けて欲しい。放り出さないで欲しいんだよね。面白くてたまらなくて読んでいたのに、最後がっかりする小説ってけっこうあるから。
有川
あ、でも今回お渡しした『ストーリーセラー』は少し毛色が違うアンハッピーエンドかもしれません(笑)。
佐藤
ハッピーエンドでなければいけないってことじゃないの。読み終わって納得するかどうかだね。
それにしても、僕は有川さんの、一種のファンだからね。
『阪急電車』が関西弁でしょう。そしたら次に読んだ『県庁おもてなし課』が土佐弁。そういうので書かれちゃうとかなわないんだよね。

ここで、日が沈む前に庭の椿の木の下で写真を撮影することに。ツーショット撮影が終わるやいなや、庭にある蕗の葉っぱをひっくり返す有川さん。「うーん、絶対にいるな」と独りごつ。「あっ、三つ葉だ!」とひとり『植物図鑑』。

有川
あの……いつか、現代の私たちが、コロボックルに出会う話を、書いてもいいですか?
佐藤
もちろんだよ、是非書いて下さい!

蕗の葉が茂り、コロボックルたちも愛する椿の木のふもとで、"書き継ぐバトン"が手渡される。書斎に戻ると、自然に「コロボックルを書くにあたっての禁則」の話になる。

佐藤
コロボックルの禁則はまず、大きさの比率の問題、あとは、コロボックルの種族に魔法があってはおかしいね。ツムジイはちょっと未来が見えたりもするけれど、魔法使いではないでしょう。
有川
これ(ICレコーダー)を抱えるのは難しいでしょうね。手の力はたしかあまりなかったと。
佐藤
うん、そうだね。足の力はあるから、体重の10倍くらいのものを持ち上げることはできるけどね。
有川
コロボックルは、ファンタジーの中で工学的なところをつめているのが新鮮だったんですよね。人間の電気をそのまま使ったらコロボックルには大きすぎるので、変電所で減圧して引いているとか、地下への換気装置とか。ほかにもくもの糸をロープにする際に、ぬめりをとるために灰の灰汁(あく)につけるなんてことも!
佐藤
くもの糸には2種類あって、あまりくっつかない糸とくっつく糸があるんだよね。実際、昔くもの糸を集めて編んで手袋を作った人がいたそうだよ。やっぱり粘り気をなくすために灰汁につけたんだって。ナイロンが出てくるまでは、天然の繊維でこれがもっとも繊細だったんじゃないかな。
有川
ほかにも『だれも知らない小さな国』で、コロボックルたちが耳元でささやいて夢を見せますよね。私たちのころは睡眠学習とか流行ってて、ノンレム睡眠というような言葉も一般的になっていましたが、先生はそういうようなことを把握したうえで書かれてたんでしょうか?
佐藤
僕は知っていたけど、一般の常識だったかどうか。当時はインターネットなんてないから、常にコロボックルにつながることはないかって、気持ちの上でアンテナを張りめぐらせていた。しかし、よくできた話は現実が追いついてきたりする。まるで私と神様で書いているっていうようにうまくできたりする。
有川
私の場合は『県庁おもてなし課』がそんな感じでしたね。現実が物語とどんどん同調していきました。実際は、自分が読みたい本を書いているだけなんですけど、たまに目に見えない何かが助けてくれるようなときがありますよね。