もうひとつのあとがき

■面白かったんだ
呉勝浩

 第六十一回江戸川乱歩賞を受賞した『道徳の時間』は、選評も読者の感想もはっきり賛否が分かれ、物を書く難しさを痛感させられるデビュー作となりました。

 応募時点からそれなりの覚悟はあったのですが結果は想像以上に厳しく、正直に申しますと、なんで? と思っていました。本人は面白いと信じて書き上げ、応募したわけですから、当然といえば当然だったのかもしれません。

 冷静に振り返れるようになったのは刊行から一年が過ぎた頃でしょうか。さらに一年が経ち文庫化のチャンスが巡ってきた時には、もう一度この作品に取り組んでみたいという欲望が芽生えていました。当時の自分では解決できなかった問題を、今ならクリアできるのではないか。乱歩賞という大きな新人賞をいただいた作品を大きく変えるのは反則というか、失礼にあたるのではないかとも考えましたが、誘惑には勝てず、無理をいってお願いした次第です。

 作業のため親本のテキストを紐解きますと、これはどうも……と赤面しっぱなし。一方で、精いっぱいアイディアを捻り、企みをちりばめようとする意気込みが随所に読み取れました。将来の見えない生活を送りながらキーボードを叩いていたわたしの頭の片隅には、「刺し違えてでも壁を突破してやる」という切迫が常にあって、本作にはその危うさが色濃く漂っています。

 この二年間、著作を重ね、自分なりに上達したつもりではあるけれど、あの頃抱いていた気概が色あせてはいないだろうか──そんな自問をしながらの作業はなかなか苦しく、そして楽しくもありました。

 改稿は文章の手直しを超え、特に後半のある地点から、物語の骨格が変わります。けれども様々なご指摘をいただいた根っこの部分はそのままです。手をつけなかったのは意地でも事情でもなく、最後まで変える必要を感じなかったからです。

 この作品、面白かったんだな。おかしな話ですが、それが作業を終えたわたしの正直な感想でした。

 歪さも危うさも消せませんでしたが、伝わる工夫はしました。読者の皆様に、楽しんでいただければと願っております。

呉勝浩

1981年青森県生まれ。大阪芸術大学映像学科卒業。2015年「道徳の時間」で第61回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。2作目の『ロスト』が第19回大藪春彦賞の候補となる。その他の著書に『蜃気楼の犬』『白い衝動』『ライオン・ブルー』などがある。

▲ページトップへ