もうひとつのあとがき

■吾輩は男である。
藤田宜永

 僕のカミさんには妹がひとりいて、ふたりはよく電話で話をしている。とても楽しそうに笑い声を上げながらしゃべっているうちに雲行きが怪しくなってきて、喧嘩を始めることも稀ではない。喧嘩した後は、カミさんは僕に愚痴る。夫婦喧嘩は犬も食わないというが、姉妹喧嘩もよく似たものである。聞き流すに限るが、つい余計なことを言って、カミさんを怒らせてしまうことも珍しくない。

 我が家では猫を二匹飼っている。この二匹も姉妹で、なぜか、いつまで経っても僕に慣れない。

 このようなちょっとした〝家庭の事情〟が、女系家族の中で孤軍奮闘するお父さんを主人公にした小説を書こうという発想につながった。

 主人公の名前は森川崇徳。〝むねのり〟と読むが、友人の中には〝そうとく〟と呼ぶ者もいる。崇徳さんの奥さんは亡くなっているけれど、お母さんは生きていて、三人の娘のうちふたりは同じ屋根の下に暮らしている。崇徳さんの姉は近くに住んでいて、しょっちゅう実家にやってくる。その上、仙台に住んでいる妹の娘を預かっているし、孫も女の子。そして、二匹の猫までもが。

 そんな森川家で起こる小さなもめ事を、或る時は真剣に、或る時はユーモラスに描いたのが、この小説である。

「女がひとりでも女系ですよ」と溜息混じりに言った出版社の役員がいたが、女たちに詰め寄られたり、泣かれたりして、タジタジにならない男はいないだろう。この作品は家庭劇だが、職場などでも同じようなことが起こっていると考えると、誰もが遭遇する〝騒動〟が描かれている作品だと言えるかもしれない。

 こんな風に書くと女性の悪いところばかりが書かれているように誤解されそうだが、決してそんなことはない。登場する女性たちはみんな可愛いし、崇徳さんも作者の僕も、彼女たちを心から愛している。

 単行本が刊行された時、著者がびっくりするほどの反響があった。主だった新聞、週刊誌が書評或いは著者インタビューの形でこぞって取り上げてくれ、或る女性誌では、書評を書きたい人が複数現れ、調整に困ったと聞いている。長年、小説を書いてきたが、こんなことが起こったのは初めてだ。

 ともかく、女たちに翻弄される崇徳さんのような男はどこにでもいるはずだ。

 そんな男たちのためにも、僕はこんな言葉から、この小説を書き出した。

 吾輩は男である。

藤田宜永

1950年福井県生まれ。'86年に『野望のラビリンス』でデビュー。'95年『鋼鉄の騎士』で第48回日本推理作家協会賞長編部門、第13回日本冒険小説協会大賞黄金の鷲部門大賞をダブル受賞。'96年『巴里からの遺言』で第14回日本冒険小説協会大賞短編部門大賞受賞。'99年『求愛』で第6回島清恋愛文学賞受賞。2001年に『愛の領分』で第125回直木賞を受賞。今年『大雪物語』で第51回吉川英治文学賞受賞。他に『血の弔旗』など著作多数。新刊は『奈緒と私の楽園』。

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