もうひとつのあとがき

■もうひとりの安藤祐介

 本作『テノヒラ幕府株式会社』は少数精鋭で新たな事業に挑戦する会社(昨今では「スタートアップ」などと称される会社)を舞台に、二十五歳の青年や五十五歳の新入社員などの奮闘を描いた物語です。

 再就職浪人で全財産二千三百円の危機に瀕した二十五歳男子・立浪拓真。特技はイラストと剣道。そんな拓真が鎌倉のスマホゲーム開発会社「テノヒラ幕府株式会社」に「絵師」として飛び込みます。

 この物語の着想は、もうひとりの安藤祐介との出会いから始まりました。とはいえ「新しい自分に出会った」という自己啓発的な類の話ではありません。もうひとりの安藤祐介とは、同姓同名の縁で知り合ったエンジニアの安藤祐介さんです。

 インターネット上で言葉を交わしたのがきっかけでした。

 二〇一三年の十二月、上野の森美術館。私は刀鍛冶の安藤祐介さんの展示会にて、エンジニアの安藤祐介さんと初めて対面しました。三人の安藤祐介が集う、安藤祐介祭り。三人で記念撮影をしたり、とあるSNSに「安藤祐介さんは安藤祐介さんと安藤祐介さんと一緒です」なんていうカオスな投稿をして遊んだり。

 そんな祭りの後、上野駅近くでマグロ丼を食べながら、私はもうひとりの安藤祐介さんに「ベンチャー企業の小説を書きたいのですが」と相談を持ちかけました。彼は一線のエンジニアなので、特にIT系の会社の事情に通じていました。

 私も一応、二十代半ば頃にいわゆる「ITベンチャー」に漂着し、三社ほど転々とした経験があり、少しは「ベンチャー企業」の様子を知っているつもりでした。しかし彼の話を聞き、自分は何も分かっていなかったのだと気付きました。

 まず、ひと昔前でいうところの「ベンチャー企業」は、昨今では「スタートアップ」などと呼ばれていることを知り、一から出直し。後日、もうひとりの安藤祐介さんの紹介により「スタートアップ」で仕事をする方々に話をうかがいました。

 そこで感じたのは、独立した個々が自分の看板を持って仕事をしているという強烈な印象。ひとつの枠でくくろうとすること自体が思い上がりでした。そして私は一から架空のスタートアップ『テノヒラ幕府株式会社』を立ち上げました。

 詳しくは本編に譲るとして、本作の誕生は、もうひとりの安藤祐介さんの存在なくしては語れません。この場を借りて改めて感謝したいと思います。

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