もうひとつのあとがき

■夢が夢じゃなくなる日
朝倉 宏景

 小さいころ「ミラクル・ジャイアンツ童夢くん」という野球のアニメを観ていた。原作は石ノ森章太郎による漫画作品。主人公の小学五年生、新城童夢が、様々な魔球を武器にプロ野球で活躍するという破天荒なストーリーだ。ジャイアンツへの入団をすすめたのは、なんとあの江川卓。巨人のチームメートも中畑清や原辰徳など実在の人物でかためられている。幼稚園児だった私は、プロ野球の中継で見ている本物の選手たちが、アニメになって小学生とプレーするというシチュエーションに興奮した。

 童夢くんのライバルのメロディも小学生だ。元メジャーリーガーで、金髪のアメリカ人であるメロディは、最初はアンディという偽名で登録し、山本浩二監督率いる広島東洋カープに入団する。なぜ、身分を偽ったのか。それは女の子だからだ。この当時、女性が男子プロ野球に入団することは許されなかった。童夢くんとの壮絶な対決の末、性別が露見してしまったメロディは、野球界から泣く泣く身を引く決意をする。

 ちなみにメロディの処遇は、コミッショナーの特別裁定により、「将来のテストケース」として、カープ入団の日から、童夢くんとの対決の試合までの成績が正式に認められることになった。そして、くしくも「童夢くん」放送終了の一年後、現実世界で野球協約が改定された。一九九一年、性別に関する規定が撤廃され、女性も入団が可能になったのだ。メロディの孤独な戦いによって、劇中の「テストケース」が実現したと考えたくなってしまうような偶然だ。

 メロディは、左投げのアンダースロー。鳥が羽ばたくような、そのきれいなフォームは、もしかしたらずっと私の記憶の奥底に刻みつけられていたのかもしれない。このたび文庫化される『つよく結べ、ポニーテール』の主人公・鳥海真琴も、女性でありながら男子プロ野球の世界に挑む。私はピッチャーである真琴の設定をこまかく決めていくにあたっていっさい迷うことはなかった。サウスポーの変則フォームしかない! と、心に決めていた。真琴は日本ではじめて、女性としてNPBの球団からドラフト指名を受ける。不人気球団のマスコットにされるだけだと日本中から揶揄されるなか、はたして真琴は男たちの世界で活躍できるのか。ぜひお手にとってたしかめていただけたら幸いだ。

朝倉 宏景

1984年東京都生まれ。'12年に『白球アフロ』で小説現代長編新人賞奨励賞を受賞。『風が吹いたり、花が散ったり』で第24回島清恋愛文学賞を受賞


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